とみーのグラウンディング日記

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

整理棚からひとつかみ。 邦楽編 その29

元ちとせ(Hajime Chitose)

 

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TGCS-1096

 

 

1.Birthday
2.名前のない鳥
3.Sweet Jane
4.Little Wing
5.冬のサナトリウム
6.Home Again

 

 

元ちとせのファーストアルバム。しかし、インディーズで、である。
全体的にカバー曲で構成されているし、彼女の良さがわかるようなわからないような、そんなもどかしい感じさえします。
しかし独特の「こぶしを回す」ような声の抑揚は、心を引き付ける歌声はあさしくここから始まりました。

 

 

 

 

 

無事に帰国しました(できました)。

国外にいた間、北海道では雪が降ったという報道。

そのときいた地域でもにわか雨が降るような天気だったので、どこも一緒だなぁと感じていました。

 

旅行記というか、渡航先で感じたことは後日書くとして。

きょうまではいくつか必要最低限のことをこなさなければならないので、恒例の記事とさせていただきました。

整理棚からひとつかみ。 ジャズ編 その57

【Series Sideman of John Coltrane

 

 

Wheelin' & Dealin' / Wess,Coltrane,Quinichette

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VICJ-2139
prestige7131


1.Things Ain't What They Used To Be
2.Wheelin'(Take 2)
3.Robbins' Nest
4.Dealin'(Take 2)
5.Wheelin'(Take 1)*
6.Dealin' (Take 1)*

* CDのみのボーナストラック


personel

 

Frank Wess(ts,flu)
John Coltrane(ts)
Paul Quinichette(ts)
Mal Waldron(p)
Doug Watkins(b)
Art Taylor(ds)


Rec:Sep 20,1957


この作品はプレステッジ・レーベルの企画盤を象徴する作品のひとつで、プレステッジ・オールスターズというという編成で紡ぎだされたもの。
注目のひとつはフルートが演奏に使われていることで、フランク・ウエスという人の勤勉さを見ることが出来ます。
ウエス、クイニシェット、そしてコルトレーンという管楽器トリオに加え、ピアノにマル、そしてベースにダグ・ワトキンス、ドラムはおなじみアート・テイラーという顔ぶれなのですが、いつみてもここの企画盤の顔ぶれは凄みを感じます。

表題の一部にもなっている「ホイーリン」そして「ディーリン」。

解説を読んでみると「ホイーリン」は回転とか自転車に乗る、車で運ぶと言った意味があるよう。
そして「ディーリン」は行動、ふるまいといった意味合いになるよう。
曲目の意味から曲調を想像してみるのも面白みのひとつでありますが、早いテンポ、またはノリノリになって演奏している姿を想像するのは、そんなに難しくないのかなと思いました。

がらくたは「出てくる」ものではなく「見えてくる」もの。

がらくた整理を続けていると、ときおり興味深い現象に遭遇します。

 

 

 

これまでは必要だと思い、残していたものが、ある日突然、不要だと認識するのです。

 

 

 

 

 

なぜ、このようなことが起こるのだろう?少し考えてみました。

 

 

 

 

 

いま、必要と感じているのは、いまという時間軸での価値基準になると思います。

その価値観はあくまで「いま」だけのあいだ効果を発揮するものであり、今後についてはその限りではない、と推測されます。

 

 

 

要するに、「いつまでもこれは必要」というものは、多くあるようで実際はそんなに多く存在しない、という結論に至ります。

 

 

 

その多さの基準はひとそれぞれですし、これが確実という訳ではありませんが、時間の経過とともに、そのひとの価値観が著しく変化し、結果、自身の持ち物に対する見方が変わっていると言えば、わかっていただけるかもしれません。

 

そういったものは、何かしらの整理を行っているときに、特に感じることだと思います。

 

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スピリチュアルが、邪魔になる。

 

スピリチュアルとはいったいなんなのか?

 

 

 

ときおり、疑問が浮かびます。

 

スピリチュアルと言うことばとともに、その世界が広まってからはそんなに時間は経過していないものの、神秘的な分野においてはスタンダードとなっています。

 

反面、それまでそういった分野を担ってきた宗教に関しては、疑いや飽きの目を向けられるようになり、衰退の道を進んでいます。

 

 

ひとによっては、宗教もスピリチュアルも同じと捉えることもありますし、まったく違う分野だと主張するひともいるかもしれません。

 

 

ではスピリチュアルとは何なのだろうか?

 

特定の宗教のようなものでしょうか?

それとも宗教というものに捉われない教えのようなものでしょうか?

ウィキペディアを参照してみましたが、かえってクエスチョンマークが増えます。

ただ、何となくですがここでは「性質」のような感じで捉えているようです。

 

 

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合理化が直感を鈍らせる。

 

じぶんのこどものころから比べると、現代はとても便利な世の中になりました。

 

 

携帯電話の登場。

パソコン、インターネットの普及。

自動車にはオートマ(AT)車がマニュアル(MT)車に変わってスタンダードとなる。

様々な分野において、技術が進歩しています。

 

何かが進歩していく反面、ある何かが衰退していきます。

それは何かを「得る」代償として、何かが「離れる」ということに似ている気がします。

 

 

 

時代が進むと、無駄を省くようになりました。

効率を上げ、生産性を上げ、利益を上昇させようという試みです。

当初の無駄は、インフラに充てられる費用などに目が向けられました。

その後、仕事で使用する品々などに焦点が当てられます。

そして、ひとの計画行動にロックをかけます。まるで式次第を求めるかのような、一切の無駄は認められない風潮になってきました。

 

逆に、合理化だけが利益をもたらすのではないという実証が出てきます。

それは昆虫などの生態系を例に挙げるとともに、人間の掲載活動においても、ある程度の無駄(非生産性活動)は、人間の活動においては意味があるものだと提唱しています。ただ

主たる企業は世界情勢が不安定なことから「いつ吹き飛ぶかわからない」という恐怖を抱えて仕事をするようになってしまったため、高度経済成長期とはまた違った意味での「身を粉にして働く」ことを推奨していくことになります。

 

 

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