つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

オラクルカードを引くこと。丹田を意識した呼吸や瞑想を行う。それは目標を達成するためのひとつの方法でもあります。

今週は整理棚からひとつずつ何かしらの紹介をしたあとに「きょうのオラクル」としてオラクルカードを1枚引き、そのカードに対して感じたことを書いています。

 

いまでこそオラクルカードはほんとうにたくさんの種類が出ており、その紋様だけでもじゅうぶんに楽しむことが出来るアイテムになっています。

 

 

わたしがこのようなカードにはじめて触れたのは小学校5年生くらいのとき。

 

最初はタロットカードでした。

占いが好きだったんですね 笑。

 

その後だいぶ時間が経過して後に「インナーチャイルドカード」。

 

そして現在の「インスピレーショナル・マンダラオラクルカード」へとつながっていきます。

 

 

たぶんどのカードも使い方はおおよそ似ていて、カードを引く前に何かしら「思うこと」「考えていること」を口に出したり頭の中で反芻していき、カードをシャッフルするなどして1枚または複数枚引いていくというもの。人はここに「答え」を求める人もいますし、啓示のような形で受け取る方もいらっしゃると思います。

 

 

わたしも使用するときは「頭」ばかり使っていた印象があります。でも最近はカードを引くときの体の使い方が異なっていることに気づきました。

 

 

 

それは丹田です。

 

 

 

丹田はおへその指3本くらい下の位置にあるとされ、様々な役割を果たしていると言われます。呼吸の際もこの辺りのエネルギーの流れを意識するのとしないのとでは大きな違いが出てきますし、お腹周りの部位を使った表現も実は丹田を指しているなど、結構密接な関係にあるようです。

 

 

 

また「瞑想」も大きな役割を果たしてくれています。

 

 

瞑想を行うときはひとつのことに集中し続けるので、集中力の強化にもってこいです。

この集中が持続すると時間の経過もあっという間になりますし、動いていないのにも関わらず空腹感が半端なかったりします。

 

瞑想は運動ではありませんが、何かしらを「鍛えている」ということにつながるため、体がエネルギーを消費し、結果お腹が空くという循環になっていくようです。

 

 

 

昨年から自発的にカードを引くようになりました。目的はライティング(書く)の力をつけたいため。あとはリーディング(読む)の力もつけたい。「慣れ」たいというのもありますが、読んだり書いたりするのはこの先もずっと行っていくことなので、

 

瞑想→丹田を鍛える→自分がクリアリングされる→考えや行動がブレなくなる→効果的に力量がついてくる

 

という流れになるかな、と今では考えています。

 

もちろん、予想だにしていなかった効果も発揮できるかもしれません。

ただそれは「霊能力」や「超能力」といったものとは違い、もともとわたしたち人間が備えていた「本来の力」に通ずるものが「思い出されてゆく」ことのほうが距離感としては近いです。

 

 

引き寄せの法則

パワースポットでエネルギーを受けとる

パワーストーンを身に着ける

などなど

 

ひとは幸運になりたいがために「外」にツールを求めがちですが、自分の基礎(ベース)をしっかり整備していくことこそ、今もっていらっしゃる目的や願望にたどり着くことを意識していくことが大切です。

 

 

ではきょうのオラクルを。

 

 

今日はこれ。

 

 

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No.50 アルケミー(錬金術)です。

 

キーワードは「自然の魔法」「変質」「改革」「バイオレットの光線」

 

 

わたしたちに変化を避ける方法はないと思います。

少なくとも、その変化の訪れを少しだけずれさせることくらい。

 

 

 

錬金術と言うと

 

鋼の錬金術師 笑。

 

いやいや

 

「本来ない物質を生み出す」

 

といった印象があります。

 

 

それは現代でも科学力の向上によって開拓されているところもありますが、このカードが意味しているのは何かの物質を生み出すことではなく「自分の内面の本質が変わること」と触れています。

 

 

わたしたちが地球に生まれ、生きていくことには果たしてどのような目的があるのでしょうか。

 

 

「光り輝くため」

 

 

というひともいると思いますが、ざっくりし過ぎかもしれません。

 

 

では具体的にというと?となるとそれも少し難しいです。

 

 

わたしたちはそれぞれに「目的」を持って生まれてきているはずです。

その目的を果たすために日々「生きて」「変わる」ことを享受しなければなりません。

そのためには自分を癒す力を備え、季節とともに生きる草花のように生きていくことも必要だと思います。