とみーのグラウンディング日記

北海道・札幌市在住。伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

4月開催のイベント告知のチラシを置かせていただきました。お店紹介その3

今回は4月に予定しております各種ワークショップの告知チラシを置かせていただいたお店の紹介をさせていただきます。

 

 

これまでの紹介は下記記事にて行っております。

  

その1

4月開催のイベント告知のチラシを置かせていただきました。お店紹介 その1 - とみーのグラウンディング日記

 

 その2

 4月開催のイベント告知のチラシを置かせていただきました。お店紹介 その2 - とみーのグラウンディング日記

 

 

 

 

 

3回目の今回は、中央区と北区になります。

 

 

 

 

-中央区-

 

Cocoon Nest(コクーンネスト)

 

 

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お店が入っているビル

 

 

住所:中央区宮ケ丘2-1-2 ヒルサイドテラスビル3F

 

HP: http://www.cocoon-nest.com/

 

道路を挟んだ目の前が円山公園という好立地のカフェ。

オーガニックな食材を使い、かつ動物食品を使用しないお食事を提供しています。

しかし動物食品が入っていなくともこれだけの味と食感を出せるのは驚き。

こんな食事ならお肉や魚を抜いた食生活は出来なくないと思いました。

 

店主の中島さんが振るう料理の腕は見事で、自宅でも作ってみたくなるほど。現在はランチメニューが固定化していますが、数種あるなかのランチメニューからひとつ選んでいただくというスタイルに。全種類食べたくなるお味です。

 

 

 

-北区-

 

パキスタンカレーのお店 つなぎ屋

 

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 店内。

 

 

住所:北区北27条西4丁目2-20 MINT274-2F

 

HP:http://tsunagiyacurry.wix.com/tsunagiya

 

 

友人を介して紹介していただいていたお店で、本日やっとお食事をいただくことができました。

 

 

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鶏肉がたっぷり入ったカレーなのですが、スパイスが程よく効いており、かつ野菜のうま味が食欲を加速させます。わたしはカレーの大盛りを注文しましたが、ほぼノンストップで食べきりました。毎日食べても飽きないカレーです。

また、ドリンクのコーヒーやハーブティー(レモンマートル)にもこだわりが。

 

ディジュリジュの演奏者でもある店主の和田さん。

初対面にも関わらず目の前で1曲披露してくださいました。

ディジュリジュはアボリジニが使用しているという民族楽器。

現代楽器とは違い、自然が生み出した造形が織りなす音というものの奥深さを感じます。

 

 

 

 

以上、お店紹介その3でした。

 

イベント本番まで1ヶ月ちょっと。

やっと札幌市10区のうち半分の5区までチラシを置かせていただくことが叶いました。

残り5区。頑張って営業していきます。

 

 

4月開催の各種ワークショップ、参加者募集中です。

maruyamabase.hatenablog.jp

 

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今日は雨の札幌。ここのところ、毎週末は何かしらお天気が荒れています。

 

 

強い風が吹き付ける中引いたカードは

 

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No.32「透視」でした。

 

 

 

キーワードは「クリアな視野」「スピリチュアルな視覚」「高次の知覚」

 

 

 

まず、カードの絵柄が独特です。全部で9つの絵柄がマンダラの中に描かれています。

この絵柄が何を表しているかの説明はありませんが、チャクラだったり、銀河系だったり、何らかのステージだったりするかもしれません。

 

 

 

 

 

 

透視とはやはり特殊能力という認識があり、超能力者といった立場の人を思い浮かべます。

 

しかしここでは、透視は特定の誰かにしかできない、といったことは一切述べておりません。ということは、わたしにも読者のみなさんにも「透視」はできるということになります。訓練次第ではできるようになるのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

「お見通し」ということばがありますが、それは「仕組み」のようなものを理解したうえでのことばだと思います。それに対し透視は「理解」を超えたところにある「感触」のようなものかな、と思っています。

 

 

透視で真実を見ると言いますが、それは理解という行為では認識は難しく、むしろ感触という方法で見極めることが自然なのかもしれません。

 

 

 

 

いずれにしろ、透視をする際には相応の「集中」が必要になります。

 

その集中の向けた先には様々な発見があり、そのひとつひとつに気づいていくことで「透視」の詳細が整えられ、アウトプットが可能な状態にまで具現化できるのだと思います。それは光も闇も関係のない、ひとつの「愛」のようなものかもしれません。