とみーのグラウンディング日記

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

冬から春へ。景色の移り変わりで見えたもの。

2月から2週間ごとに上京して受講している「モノ&メンタル クリアラー講座」。

座学はもちろん楽しくて、設定された時間があっという間に過ぎてしまいます。

 

しかも、講座受講中に要となるのが「自宅でのガラクタ整理」。

いつまでに○○を片づけるといった目標を掲げ、講師の竹内さんを含めた参加者全員が取り組んでいます。

 

この講座も次回で最終回となり、その後竹内さんがそれぞれの自宅にいらっしゃってガラクタ整理の最終チェックを行うという流れになります。

 

東京から遠く離れた札幌まで来ていただくのだから(イベント期間中に合わせました)、落第になるわけにはいかないので、ラストスパートにも気合が入ります。

 

 

 

とまぁ、気合いが入りつつも

 

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 神保町の名店「さぼうる」にてモーニング。

日曜午後の黄昏時ではなく、月曜の朝から黄昏ていました。

 

 

 

この講座を受講してから、家の中にはたくさんのガラクタがあることに気がつきました。

 

 

さすがに一気に、すべてのガラクタを整理するのは難しいですが、できるところから少しずつでも進めていくことにより、遠く離れた山に手が届くようになります。

 

気づけば「こんなモノまで整理してた!」と思えることができるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

今回上京で驚いたこと。

それは「桜」が咲いていたのです。

 

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王子駅近くの公園で。

 

 

これは完全に虚を突かれた感じで、とても嬉しいサプライズでした。

 

 

でも、先週の滞在期間中の東京は肌寒い気候。

 

 

月曜日の朝、駅に向かう道すがらで吐いた吐息が白くなるのが印象的でした。

 

 

 

 

 

東京に滞在している間はもっぱら日本橋室町周辺での散策に時間を充てています。

他は明治神宮への参拝も。こちらは時間に余裕があれば行くようにしています。

 

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明治神宮が好きなのは、素晴らしい「杜」があるから。

鳥居をくぐった先のなんとも清い空間がたまらなく好きです。

 

 

前回の上京から今回の上京の、この2週間のあいだに椿(だと思います)が咲いては散っていたようでした。まだ運よく落ちていない花がありましたので写真に収めてきました。

 

 

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 日本橋室町周辺では大規模な開発工事が行われていました。

渋谷でも品川でも大規模な工事が行われているのが列車の車窓から確認することができ、ニュース報道でアナウンスされていた通り街が大きく様変わりしています。

 

この土地だっていわば「スペース」になるわけで、空き地のままにはならず、建物が立ち、更地になり、そこで草が生えたり、駐車場になったり、そしてまた建物が立つわけです。

 

 

このことからも「空間(スペース)」は変化し続けるということがわかります。この摂理というか、サイクルがあるのだということをわかっていただければと思いました。

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もちろん、ひとつの建物が長く愛されるに越したことはありません。しかし、愛され、注がれるエネルギーが滞ると、一気に寂れ、廃れた「気」が出てきます。

  

 

エネルギーを注ぐ。そして必要な時には整理する。

 

 

 

 

かんたんに言えることではありませんが、放置は害あって利なし、といったことになるんだと思います。

 

時とともに目の前の光景が変わりゆくのは仕方のないことです。それが当たり前のこと。

 

花が咲き、そして散り、葉が現れては枯れ、寒さにじっと堪えてからまたきれいな花を咲かせる。そのサイクルが及ぼすものを忘れずに感じ取りたいと雨で散ってしまった桜の花びらを見ながら想いを寄せました。

 

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東京から帰ってきてみたら札幌も雨でした。

翌朝は氷のわだちが出来ていましたね。

 

晴れ間が見える中、引いたカードは

 

 

 

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No.43「宇宙の愛」でした。

 

 

キーワードは「無条件の受け入れと愛情」「輝くハート」

 

 

 

宇宙の愛とは、なんと広大な表現でしょうか。

 

そのような愛はどんなものかを測ることは難しいですが、そのエッセンスを携えたものは自然界に常にあるのではと思っています。

 

自然はわたしたちに何かを語りかけることはしませんが、その姿で何かを伝えようとしてくれています。

 

 

 

それを感じ取る、個々のハートに応じて解釈が変わってくるのはとても不思議なことです。

 

 

ハートが明るいと、それはとても明るく眩しいものに感じられ、そこから生きる力をも授かることがあります。

 

ハートが暗いと、それはとても無情のものに感じられ、そこからは「朽ちる」ことだけがフォーカスされ、みずからを崖へと追いやってしまいます。

 

 

気を付けてほしいのは「感じ取る側」の状態によって受け取り方が180度変わってしまうということです。仮に自然が宇宙の愛だとすると、わたしたちは日頃それを見たり聞いたり触ったりしていたとしても「日々の生活に流されている」ため、それを感じ取ることができないでいるのです。その激動の日常の中に介在しながらも身近にあり続けるこのハートを、季節の変わり目を迎えるただ中で感じ取り、春の到来を全身で受け容れてください。

 

 

 

 

 

 

愛は平等に与えられています。

そしてまた宇宙も、じぶんの中に等しくあり続けるのだと思います。