ぼくが「ギター」という楽器で音楽を聴くようになってから、ひとつの大きな驚きの出逢いがありました。
それは、ギター奏者の代表格でもある「押尾コータロー」さんとの出逢い。
実際には間近でその演奏を聴いた、というのが正しい表現なのですが、その時の衝撃は
「この世のものとは思えない演奏」
と表現するしかないものでした。
ぼくが押尾コータローの演奏と出逢ったのは、現在は無くなってしまったものの、当時札幌の音楽イベントとして開催されていた「札幌百歌(さっぽろひゃっか)」。このイベントは数日間、複数の会場で催され、様々なアーティストが参加していました。
当時ぼくは札幌ファクトリーホール(だったと思う)でこのイベントに参加していたのですが、たまたま違う会場で出場予定の押尾さんが、なんと飛び入り参加したのです。
その時の押尾さんは、デビュー前(厳密に言うとデビューは決まっていた)だったらしく、「是非ぼくのことを知って欲しい」という気持ち・姿勢から、他の会場でも演奏して回っていたそうです。そのときに演奏してくれた曲は、デビューアルバムに収められている曲で、当時押尾さんの代名詞とも言える曲と、戦場のメリークリスマスでした。
その2曲とも、まさかギター1本で演奏しているとは思えませんでした。
その演奏で一瞬にして虜になり、数か月後に発売されたデビューアルバムを、幾度となく聴き込んだのは、懐かしい想い出です。
押尾コータローの登場は、音楽界に相当な衝撃を生んだと思います。
かなり昔でいえば、ブルースを生んだロバート・ジョンソンですら、そのギターテクに誰もが息を飲み、惚れ込んだと言います。それほど、ギターテクでの表現と言うのは、技術的な壁があるように感じていました。
押尾さんの登場から、しばらく経過したのち。
日本ではなく、海外で、彼をほうふつとさせるテクニックの持ち主が表れました。
そのひとの名前を
女性のギタリストなのですが、この子(当時)のテクニックが、また凄いのです。押尾さんとは違い、完全エネルギーで押し切るといったイメージです。しかし、パワーだけではなく、指捌きも相当なものです。彼女のデビューアルバムも、相当聴き込みました。押尾さんとカーキの演奏は、まさしく「扉を開ける」ものだったと感じています。
こんなことを書こうと思ったのは、カーキのライブ映像を見たことがきっかけです。
プレイスタイルは押尾さんとそう変わらないのですが、表情のドヤ顔が凄い(笑)
それだけ、プレイに自信をもっているということなのだと思います。
事実、彼女はギターだけではなく、様々な楽器にも挑戦しています。そしてついにはヴォーカルも務め、アルバムに収録しています。彼女の考えでは「ヴォーカルも音のひとつ」として捉えているようで、歌詞はあまり重視していないようです。そんなことよりもすごいのは、ひとりでなんでもやってしまうということ。もちろんサポートするメンバーはいますが、日本で言えば山下達郎さんのような、海外で言えばパット・メセニーの「オーケストリオン」のようなことを、彼らよりも数段若い彼女がやっているというのは、何だか革新が進んでいるようにも思えます。ひょっとしたらこれは天性の才能と言ってもいいのかもしれませんが、幼少から慣れ親しんできたことが、ここまで昇華したというとても良い実例のひとつになると思います。
時代が進むにつれ、楽器による表現方法は多彩になってきました。
これから、どんな楽器で、どんな演奏を聴かせてくれるアーティストが生まれるのか。
楽しみでしかたありませんね。