とみーのグラウンディング日記

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

書きたいから、伝えたいから、「読む」「観る」「聴く」

毎週末、寒いです。

 

天気も、ぐずついています。

 

 

 

気温自体は上がっているものの、体感は寒い。

 

きょうあすは、全国的に有名になりましたよさこいソーラン祭りがおこなわれます。

演者もたいへんですが、観客のかたもたいへんそう。風も多少あるようなので、体調管理にお気を付け下さい。

 

 

 

 

 

 

 

昨年秋ごろからとある方の著書を読み進めるようになりました。

 

 

 

その方とは松浦弥太郎さん。

 

その方を当時は知る由もなく。弥太郎という名前を聞いて真っ先に思い出したのが、岩崎弥太郎さんだったほど。間違いもいいところです。

 

 

 

 

松浦弥太郎さんはかつて雑誌暮しの手帖の編集長を務めていたかた。

その経歴を拝見すると、なかなか刺激的な活動をしていらっしゃるようです。

この行動力に、憧れます。

 

教えていただいたきっかけは、昨年プロのフォトグラファーに写真を撮っていただいたとき。その後何回かやりとりをしていた中で、ぼくのブログを読まれた感想が「文章が松浦さんのようだ」と言っていただいたことにあります。ブログを書いているときは特段誰かの文章を意識して書いていることはないはず。でも、こんなイメージで書いていこうというものはありました。そのイメージとは、星読みで有名な「石井ゆかり」さんの文章。真似るというわけではなく、そのスタンスを意識して、自身の文章にも活かしていこうとしています。ただ、その後の体験や感じ方で、文章表現はどうしても変化してしまいますが。

 

 

 

教えていただいたとき、ぼくは松浦弥太郎さんのことを知りませんでした。

 

そのため、教えていただいたサイト「くらしのきほん」や図書館で借りることのできる著書を探し、彼の文章に触れてみることにしました。

 

 くらしのきほんHP

 

kurashi-no-kihon.com

 

 

感想。

 

誰も傷つけない文章かも、と思いました。

 

 

やわらかさ、あたたかさ、安心感。

反面、優しく諭してくれる存在であり、ずっしりとした軸を感じます。

とても、とても不思議な感覚を持った人だと思いました。

 

 

 

バリバリな熱血というわけではない。でも、情熱は確かにそこにある。

その表現、伝え方が、他の人とは違っているんだ。

松浦さんの著書がとても面白く感じるとともに、励みにもなりました。

 

それ以降、松浦さんの著書を読んでいます。

 

 

 

 

いまのぼくの文章は決して松浦さんを意識している訳ではないですし、似ても似つかないものなので、松浦さんの文章をはじめとした作家さんの文章はほんとうに勉強になります。いまは表現・説明方法や書き方など、書きながら学ぶという段階ですが、これを継続していった結果のひとつとして、より多くの方にブログを読んでいただければいいと思っています。

 

 

 

 

 

ブログをはじめて、1年半が経ちました。

「もう」か、「まだ」か、それとも「やっと」かは、ひとそれぞれ。

ひょっとしたら、期間は意識しないほうがいいのかもしれません。

 

書きたいこと、伝えたいことがあれば、書いていけばいいだけなのですから。

ぼくは説明や表現が下手でも、書きたいこと、伝えたいことがあります。

だから、きょうも、あすも、あさっても、書いていこうと思います。

 

 

 

 

音楽をたくさん聴くのも。

本をたくさん読むのも。

映画をはじめとした映像コンテンツをたくさん観るのも。

そして、仕事すること、生きることも。

 

その先には、伝え、届けたいという「欲」があります。

しかし、すべてを「伝え」、「届ける」ことは不可能だと思います。

 

 

それでも。

 

 

どこまでできるか、追い求めてみたいのです。

結果としてこの行動が何かを起こすかもしれませんし、70億ある人口のたったひとりがおこなった、ささやかにもならないものごとになるかもしれません。

 

そんなことは、関係ないのです。

 

 

 

誰かを意識するのではなく、自分自身を意識する。

それが出来ない限りは、他の対象は考えるべきではありません。

 

この媒体がブログである以上、自分以外の人の目には触れます。

そうしているのは、緊張感を持つことと、「書く」という背景を作っているから。

言い換えれば「背水の陣」のようなものでしょうか。

 

 

 

 

じぶんのことも書く。

仕事にしている「がらくた整理」のことも、「オラクルカード」のことも、「木育」のことも書いていく。

 

考えも書きます。

伝えたいことも書きます。

届けたいことも書きます。

 

 

 

批判されても書きます。

誰もブログを読まなくても書きます。

書いていくことが、生きているあいだの、自分に課せられたひとつの「行」だと感じています。

 

 

 

これからも、淡々と、しかし情熱を以て、ひとつひとつの文章を紡いでいきます。