とみーのグラウンディング日記

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

そのことばがどのように聴こえるか。それは意識した生き方が大きく影響しています。

先週の日曜日、勉強会に参加してきました。

 

 

 

その名も「ナカトリモチ勉強会」。

 

 

 

f:id:maruyamabase:20171205223556j:plain

 

 

 

沖縄県を拠点として活動をされている、山野本竜規さんが主宰するものです。

 

 

  

 

山野本さんとの出逢いは、もう何年も前。

 

きっかけは家人と共通(だった)の友人が山野本さんのことを教えてくれ、ブログを読み進めていたことがきっかけで、札幌での個人セッションに参加したことから始まります。

 

個人セッションはこれまで2~3回受けてきました。

その場では素人丸出しではないですが、包み隠さず、ありとあらゆることを質問しました。

 

その後、当時は行っていなかった勉強会を札幌で行うことになり、出来る限り参加しています。

 

 

 

山野本さんは年に2回、定期的に札幌にお越しになり、個人セッションや勉強会等のスケジュールをこなされています。つまりは、山野本さんが札幌に来る時期になると、「ああ、もうそんな時期なんだな」と、ひとつの目安にもなっています。

 

この勉強会は所謂「スピリチュアル」な話が満載のものですが、決して特別な話をするというわけではありません。時には質疑応答で難しい分野の話しも出てきますが、だいたいはわたしたちの日常に沿った、わかりやすい表現で語ってくれます。そのためか、一部の人では特別視してしまうスピリチュアルというものが、実は何ら特別なものではないということをはじめとした、間違った(或いは固執した)認識を横からぶん殴るかのように改めてくれます。

 

この勉強会にはほぼ参加していますが、今回は少し違った目的を以て参加していました。

 

 

というのも、これまでは「ああ、行かないと」という気持ちが少しでもあったのです。

参加したら楽しいですし、勿論勉強にもなり、再確認にもなります。

 

しかし今回は、「山野本さんの語ることがいまの自分にはどのように聞こえるのだろうか」という疑問といいますか、期待と不安の混ざったような感情を抱き、半分は恐る恐る、そしてもう半分はうきうき(もしくは勇んで)といった状態で会場入りしました。

 

受付を済ませますと、山野本さんからロイズの石垣島チョコレートとカードをいただくのですが、このカードに書いてあるメッセージがまたいいのです。しばらくカードに書かれていることを凝視してしまうほどです。それは激励のときもありますし、評価してくれているときもあります。これまでに5枚いただいてきましたが、そのどれもが自分にとってはその時点での最高のエールとなっています。(ちなみに今回引いたカードは「誠実」というものでした)

 

勉強会は1部と2部に分かれており、合計で2時間半ほど。

前半は山野本さんからのお話が中心で、後半は質疑応答。

話すほうも聴くほうも、集中する2時間半です。

 

その濃密な時間の中で、山野本さんの言葉は果たしてどのように聞こえたのでしょうか。

 

 

 

 

結論。

不思議と、最初に参加した時のように、ひとことずつかみしめるように聴いていました。

山野本さんの語ることばは、そのどれもが、今の自分の考えがスピリチュアルに沿ったものであるかというのを添削してくれているように聴こえました。

それは決して「その通りです」と言われてる訳ではありません。

スピリチュアルと言っていますが、特別な考えや行動を示したものでもありません。

 

日常生活をどのように過ごし、自身の身体をどのように意識して過ごしていくかがとても大切だということを改めて教えていただきましたし、そこからくる心身本来のはたらきというものを示してくれました。

 

 

実はこの話の時点で、いくつか当てはまることがありました。実感として以前とは違う「ある」感覚があり、その理由をぼんやりと考えていたのですが、その背景をお話の中で語ってくれました。それはぼく自身そこに行きつくことを意識してやってきたわけではなかったのですが、ひとつの方向としてそこにつながっているんだと教えられたとき、この上ない可能性と神秘性を感じました。

 

 

 

その中でも一番響いたことは、うろ覚えなのですが

 

「現実的に生活することは、スピリチュアルに通ず」

 

ということ。

 

 

 

真逆なんじゃないのか?と思ってしまう(自分もそう思ってました)のですが、今回の勉強会でわかったことは「スピリチュアル」は何ら特別なものではないということ。仮にスピリチュアルをしっかりと実践したいなら、しっかりと日常生活を送っていきましょうという、これまでのスピリチュアル等にありがちなイメージを覆すものでした。

 

ま、これには強く異議を唱えるひとはいるでしょう。

「そんなのは違う」と、声高くいう人もいると思います。

 

しかし、これを否定するとして、じゃあその人の考えや実践が正しいとは言えません。

その人自身が「これこそが真実だ、本物だ」と叫んでいたとしても、それは一切論拠にはなりません。自分が行っていることの正しさを自分自身が証明するのは、何よりも難しいことであるということを知らなくてはなりません。

 

また、スピリチュアル(この場合は宗教も含めます)の正解は?真実は?と問われても、満点の解答ができる人はおそらくこの世界にはひとりもいないと考える方が自然です。部分解答やそこそこの点数の解答をすることができる人がいるかもしれません。が、そこが人間の限界なんだと思います。そのようなどんぐりの背比べの中で、「俺が俺が」と言っても、少し離れて見てしまえば滑稽にしか映らないと思います。

 

 

それくらい、スピリチュアルを特別な何かに設定するということが、本質から大きくかけ離してしまっていると現在では強く感じます。

 

ぼく自身、山籠もりをしてきたことはありませんし、特別な行を行ったわけでもありません。霊感とは言えないまでも、何らかのエネルギー(もしくは思念)を受け取ってしまいやすい体質にある程度です。これはこれでやっかいです。幽霊は見えません。たまに「?」と聞こえる程度です。霊能者とは言い難いレベルではありますが、スピリチュアルに沿った生活は、いままで生きてきた中で一番実践できていると思います。

 

今回の勉強会は、10月そして11月と大きな決意を持って仕事に臨んだぼくの姿勢と、年始に与えてくれた指標に対する答えまたは解説のようなものをしてくれたものとなりました。なんだか学校の講義を聴いているような感じになっていましたが、点と点が線になったときの衝撃といいますか、驚きは半端ないものになりました。いままでの自分のやり方は間違っていない!という訳ではありませんが、ここまで来ることが出来てよかったという気持ちになったことは言うまでもありません。

 

札幌はまた雪が積もりました。ひょっとするとこのまま雪が融けずに残るかもしれません。

ぼく自身も、来年の春までは何らかの仕事(出稼ぎ)をしていこうと考えているため、この行動は道半ばです。第1段階が終わってこのような状況ですので、ここから先の展開が楽しみでしょうがありません。特殊能力が開花することを期待するということでは決してありませんが、今まで出来なかったことができるようになるかもしれないということを想像すると、やはり楽しみなのです。もちろんお給与も大事ですが、自分の心身に蓄積されるもののほうが楽しみなのです。これはひょっとしたら、他の方とは違う感覚なのかもしれませんね。

 

 

 

 

f:id:maruyamabase:20171205223622j:plain

 

 

 

 

現在は次の仕事を探しながら雑務をこなしています。

並行しながらの作業は集中力も途切れやすいですが、年内に納得のいくところまで進めていき、すっきりした状態でまた仕事に行くことが出来ればいいなと思っています。