つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

あきらめる理由

そのひとが幼くても 大人であっても

 

自分のほうが正しいからとか 自分の決めたことを応援してほしいとかで

 

相手の気持ちや何かをこれ以上伝えないで欲しいというときがあります

 

そういうときは あなたの言うことはわかるけど わたしはこうだと決めたからと 意図はしていないものの この世のどの兵器よりも強力な一撃を見舞うことになる

 

 

自覚してほしいことがある

忘れないでいてほしいことがある

 

自分が放ったその一言は

ほんとうにベストなものだったのか と

 

自分の幸せのため 夢のためと言いながら その一方では誰かを深く傷つけることを強行する

無責任なのは その後の快復を その人任せにすることだ

 

どんな正しさであったとしても そんな身勝手さが傍らにあるのなら

それはエゴが生み出したこのうえない暴力に過ぎない

 

 

 

 

多くの人は 前例がないからとか そんなのうまくいくわけないとか 実にまっとうな理由を並べ立てては相手の言うことを否定する

 

しかし反面 自分の夢とか希望とかに対しては そんな話に聞く耳を持たない風潮が広がっている

 

結局は 他人は他人 わたしは違うといったところだろうか

それは大昔も今も まったく変わらないような気がしてならない

 

 

誰かの夢を否定するとき

 

それは説得よりも 服従という感覚を持ってしまう

そんなことできるわけないだろうという無慈悲な刃物を突き立てられるようだ

 

 

 

それが現実的なことであっても そうじゃなくても

諦めさせる権利は 誰にもないような気がする

 

 

 

 

 

 

 

どうしようもない現実を突きつけられて

ぼく無力だと 膝から崩れ落ちたことがある

 

その向こうで 非常な一言を放った人は笑顔を見せている

ぼくには背を向けて

わたしが言ったんじゃないというような感じで

 

 

 

 

どんなに叩きのめされても

どんなに長く苦しんできても

 

諦める理由はどこにもなかった

どんなに探しても 諦める理由は見つからなかった

 

だから その背中に まっすぐを投げるように

非常な世界を切り裂くような

目の覚めることばを残していきたい

 

諦める理由は見つからなかった

だからぼくはいまでも その目的のためにいる と