つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

都合。

昨夜から函館は寒さが緩んできました。

きょうの午後には雨が降るほどの暖かい時間もあり、雪が水に変わっていきました。

そのいっぽうで路面はオフロード並の悪路と化しました。右に左に、前に後ろにからだが揺らされました。


お昼休憩のときですが、車中からこんな光景を発見しました。



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実はここに、何台もの車が並んでおり、そのうえに雪が積もった結果、すっぽりと包まれてしまいました。それほど今シーズンの函館は雪が降ったことを物語るシーンに感じました。


来週の予報では、傘マーク(雨予報)がついている日が1日ありました。気温も大分高くなるようです。そこでふと考え付いたことは、「都合」というものでした。

仕事やプライベートでは都合をつけてもらったり、逆に都合をつけたりしています。とにかくいろいろとしたやりくりがこの流れの中では起きています。


都合については二通りのタイプがあって、ひとつは自分で都合をつけていく人と、もうひとつは相手の都合に合わせるという人がいます。どちらが良くてどちらが悪いというのは、特にないと思います。まぁ、どっちもどっちですね。

ぼくがこれまで経験した中での話でいいますと、大事な用件に関しては、自分が都合をつけるのではなく、相手の都合に合わせるというケースがほとんどでした。


このことについて、帰りの車中でふと素朴な疑問が浮かびました。なぜ都合を「つけてもらう」のだろうか、と。
大事なことであるはずならば、優先的に自分の予定を埋めていくべきはずなのに、相手の出方を待つのはどうしてなのだろうか。
その背景には、たとえ大事なことであっても、対象となる人や案件、そして優先順位が大きくかかわるのだろうと考えています。
そう。たとえとても大事な事項があり、優先しなければならないことがあっても、相手の都合に合わせることなく自然消滅してもいいと考え、実際に行動するケースがある。

都合とは、あくまで自分本位の優先順位を指す。
詰まるところ、自分にプラスになることに対してしか積極的に動くことはない。ネガティブなことについては、しぶしぶかもしくはフェードアウトを計算する。
人間は、いろいろ考えているんだなぁと感じてしまいました(ぼくも一応人間なんですが 汗)。

きょうの函館の天気を見て、人間の都合などお構いなしの様相がありました。
天候は、人間の準備などを「待ってはくれない」のです。
天候と言わず、自然そのものが相手の都合に合わせてくれる訳ではないのです。

そのように考えていきますと、「自分のことを考えて○○してくれるだろう」というのは、少々驕りが入っているのかもしれないな・・・と感じました。



出張から戻りまして、疲労から帰りはタクシーを利用しました。
ここから春に向けて、いろんな都合が動き出します。
限られた時間の中でどのようにして大事なことをひとつひとつ片づけていくか。

そこに成長のカギがあるように思えてなりません。