つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

親と子の話。

本年2月末に「移住」が決まり、ある程度落ち着いてからそれぞれの実家に報告をしました。

 

反応は両極端で、ぼくの実家は「ふーん」なのに対し、家人の実家は「なしてまた!」といった感じ。それも詳細を話せばその熱は両家ともだいたい同じくらいになりました。

 

後日それぞれの家に伺い、昼食を共にし、他愛もない話をして家を後にしました。

その中でも、さまざまなことを感じる機会を得ることができました。

 

 

 

恥ずかしながら、今回はその体験のひとつを書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

ぼくの実家に連絡した際、母はさして驚いてもいませんでした。

父は、と言いますと、すでに他界していますので家にはいません。

5歳上の兄には、特に何も言いませんでした(笑)。

 

家に帰った際は、だいたいお寿司をとります。

その他にサラダや揚げ物などを用意し、会食となります。

以前は手料理も用意してくれた母ですが、年齢と難聴からくる諸症状により、現在はあまり台所に立たなくなったようです。

 

その日もお寿司を囲んでの夕食。

家人はその日仕事だったため、後ほど合流。

これまでのこと、これからのことなどを話し、実家を後にしました。

 

 

 

そのさなか、母親から「これ、タクシー代と餞別ね」と封筒を渡されました。

タクシー代払うよと言っていたことに少し違和感のような、気がかりを憶えたのですが、そのときはありがたくいただきました。

 

帰りはタクシーを呼んでもらって、新さっぽろ駅まで移動しましたが、そのとき母親は下まで降りてきました。掃除当番か何かの確認で降りるといったようですが、たぶん違うんだろうな、と二男は感じていました。

 

正直、母親が見送りに外まで出てくるのは、今回が初めてかもしれません。

今回の移住は、それほど大きなことなのだろうなと考えていました。

 

 

 

 

帰りの地下鉄で、短い時間の事を思い返していました。

 

印象として残ったのは、「いやー、子離れしてないわ」のひとこと。

 

 

ぼくからの移住の連絡があった後、かなり動揺したそうです。

動機・息切れの手前までいったそうです。

で、あれこれと詮索したそうです(笑)

 

まぁ、過去に色々とご迷惑をお掛けしたこともあり、素直に受け止めることが出来なかったようです。

 

 

 

現在は離れているとはいえ、同じ札幌市内であったのに対し、これからはかなり離れた場所に移ることになります。それに対して母は寂しさを感じていたようですが、こういう時期が来ても仕方ないのか、といった表情を見せていました。

 

 

 

 

 

 

そんなことを思い返しながら自宅に戻り、落ち着いたところで封筒の中身を確認しました。

「引越の足しに」という言葉もあったため、ちょっと気がかりだったのです。

それで中身を確認したところ、タクシー代には十分有り余るほどの餞別が入っていました。

引っ越し代の足しとはいっても、大きい額だと感じました。

 

それを目にして、止まりました。

そして、悟りました。

とても恥ずかしい話ではありますが、多額の現金を見て、母親の愛を感じました。

 

「無償の愛」

 

うまくは説明できませんが、これがそうなのだと感じました。

 

 

 

 

ひとが悟るタイミングは数多ありますが、現金を見てそれに至るのはなんだか恥ずかしく、未熟さをただただ感じました。

 

思えば中学校から女手ひとつで育ててくれました。

小言が多い母でした。

放任主義の母でした。

 

これまでは反抗ばかりで、あまり言うことを聞いてこなかったように思います。

自分が大人になってからは、親との付き合い方も少しずつ変化していきました。

 

 

そして今回の件で、やっとこの想いが自然と湧き上がるように出てきました。

「この母と父のもとに生まれてよかった。この家に来てよかった」と。

チープかもしれませんが、もうそれしか言い表すことができませんでした。

 

 

 

 

親と子。

 

そのつながりと、想いというものを、やっと感じることができた瞬間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

今週月曜日の話しですが、ふらっと実家へひとり寄りました。

 

兄に借りていたものを返しに。

そして、母と一緒に仏壇の前に座ることが目的でした。

 

 

 

過去の日記で触れていますが、ぼくは35年間ほど創価学会員でした。

学会を辞めたのは2年前の4月。それ以来、学会式の勤行は行っていません。

しかしこの日は、たとえモーション(方便)であっても、母と一緒に仏壇の前に座りたいと思いました。

 

母にそのことを告げると、何かしら言ったものの、ぼくの後ろに座り、一緒に勤行をし始めました。

 

その時間が、何かとても大切なことのように思いました。

 

経典自体は相変わらず詠んでいて感じるものはありませんでしたが(笑)

 

 

 

個人的には、それを母と、父へのあいさつのような感じで、気持ちを込めて行いました。

そんなふうに使うのもいいんじゃないかと、思いました。

 

 

 

 

勤行をしていて思ったのは、少なくとも学会に在籍していたときにはほんとうに多くの学びを得たなということ。途中ぼく自身が「学会だけではなく、その他の団体や宗派でも成仏は出来ない」という考えに至ったため辞めましたが、得るものは多かったと思います。そういった意味では、感謝しなくてはならないと思いました。

 

 

 

いろんな想いを整理しながら。

新たにいろんな想いを感じながら。

 

ぼくは明日、札幌を発ちます。