つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

久々に自分あてにオラクルカードを引いてみた話。

 

昔取った杵柄のような感じではありますが、八雲町でもオラクルカードを引く機会に恵まれました。

 

他人にも。

そして、久しぶりに自分向けにも引いてみました。

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以前は個人事業のメニューとして展開していましたが、地域おこし協力隊となってからは個人事業はクローズしています。その内容は「がらくた整理」と「自然体験活動」そして「マンダラオラクルカード」でした。

 

いまでも「なんだかよくわからんメニューだな」と思います。 笑。

 

 

実績という実績はありませんが、本気で札幌市でイベントを主催させていただきました。その時は札幌市10区すべてにイベントのチラシを置いてもらうべく、営業をかけたという経験もあります。会場の手配なども行ったことは、今でも貴重な経験です。

 

そのときに「ドMクリアラー」と呼ばれたのは大いなる傷ですが 笑。

 

 

八雲町に移住してからは、仕事の内容が変わりました。その内容が少しながらでもわかってきた頃、ひょんなことがきっかけで職場である「ら・ふも」で再びマンダラオラクルカードをリーディングする機会に恵まれました。

 

仕事として展開していたときは、依頼を受け付けたのちにカードを引き、そのリーディング内容をすべてシートに書きおこし、報告書のようなかたちで依頼者に納品していました。現在はそれがどのように活きているかはわかりませんが、かなり真剣に取り組んでいたということが自分でもわかるエピソードです。

 

使用しているカードはいわゆるタロットではなく、オラクルカードという分野になります。とりわけ使用しているカードはその意味を汲み取るのが難しいと感じています。たまに他のカードを使ってみますと、わかりやすくて羨ましいくらいなのです(笑)。

 

 

それを、今も昔も、ドキムネの状態で必死に読み取っています。

 

 

 

先日は依頼があり、3人のかたのリーディングをさせていただきました。

3人とも質問内容は伏せていらっしゃったのですが、リーディング内容を話していくと、不思議にも3人とも驚かれていた様子でした。

 

リーディング内容を「伝える」際、どのような表現がいちばんしっくりくるのだろうかということを考えながらやっています。どこかには「当たっているのだろうか」といった感じの不安がよぎるのですが、不思議とカードのリーディングをする際にはそれらが吹っ飛んでしまっています。

 

 

これについては自信を持つのではなく、常に初心でいることと、ことばの表現力を磨くことを念頭に置き、対応することにしています。

 

 

 

冒頭にあげた写真は、ぼく自身のとある質問に対しての3枚となります。

 

 

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1枚目 No.31【インスピレーション】

 

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2枚目 No.24【入り口】

 

 

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3枚目 No.2【静けさ】

 

 

 

このようなカードの組み合わせを、真正面から受け止めて「翻訳」しています。

ときには、「こんな表現だろうか」という感じで伝わってくることもあります。

読む、というよりも、探す、といったほうが近いかもしれません。

 

 

では、上記3枚はどのように読めばいいのでしょうか。

ちなみに上から過去・現在・未来といった感じてみていきます。

 

【過去】

きっかけはささいなひらめきが浮かんだことにあります。

それがその時はどのように充実化していくかなど、気にも留めなかったことでしょう。

そもそもは自分がただやりたいことのはずだったものであったと思います。

動機は確かにここにありました。

気持ちの、「発動」があったことを、認めましょう。

 

【現在】

この入口は秘密の花園ユートピアといった「楽園」につながる門ではありません。

むしろネクタイをしめて、背筋を伸ばして踏み込む、普段とは違った世界への境界線に見えます。

 

姿勢を正して入るということは、その先の世界が「そう簡単にはいかない」ものであり、それをあなた本人もどこかでわかっていたのだと思います。

正直、あなた自身はどこに行っても「苦労する人」という設定です。何かを進めてうまくいかないときでも、わかってくれない相手に対して「敵だ!」と思うのではなく、まず自分自身の伝え方を疑い、どのようなフローを辿れば相手からのリアクションを引き出せるのだろうと真剣に考えることが必要です。

 

様々な寓話にもありますが、困難が目の前に現れたときは、それを「打ち開く」ことができるからいまこのタイミングで顕れたという話があります。それを先延ばしや棚上げにすることもできます。が、今やらなくては、この先に延ばしたとしても、ずっと残ったままとなるでしょう。そういった事態を、あなた自身は受け容れないはずです。

 

【未来】

カードの直訳は「静けさ」です。では果たしてこの静けさはいったいどのタイミングで訪れるのでしょうか。

 

静けさは、わたちしたちにとってとても必要な要素となります。この静けさを忘れたり、失ったりしますと、それはバランスが崩れている兆しとなり、証拠となります。静けさの中に身を置くということはどういうことかを、これまでの経験をもとにしっかりと考えなさい。あなたは静けさの中に散々身を置いてきたはずです。

 

困難を経験したあとにくる静けさ。

タイミングによっては、熱意を削がれたようなことなのかもしれません。

すべてがつつがなく運び、力が抜けた状態のことなのかもしれません。

絶望が訪れても、そこで終わりではないことだけ、伝えておきます。

静けさを意識するときは、立ち位置を確認することと同じなのです。

 

ここまでやってきたことに後悔してもダメです。

それは自分がいちばんよくわかっているはずです。

後悔は、ひきずるだけです。振り返って次につなげることが大事です。

後悔は、怖れや不安が引き起こします。それは、ゲートに入るときに半分決まるようなものです。

 

どのような結果であれ、動機は素晴らしいものとなっていたはず。

あなたに残された時間では1度きりになってしまうかもしれませんが、その心を理解してくれる人にはしわたしをすることが出来れば、それもまた本望と想うことにしましょう。

 

持続可能なものにすること。

はしわたしをしていくこと。

 

あなたが札幌を涙で離れ、遠い土地に移住してまで、何かをやる。

その目的は何でしたか?

 

ワレヨシに支配されていない、片思いのような無垢なキモチを忘れないようにしなさい。

 

 

 

以上、ざっとではありますが、自分に向けての「翻訳」を行いました。

そのため、自分にしかわからない(汗)表現で書いていることをご了承ください。

 

このカードを引いた日は、自分で賽を投げた日でもあります。

そこから次々に周りが騒がしくなり、きょうもひとつの広がりを見せました。

ぼく自身はマジ卍の緊張です。MAXです。

ここからしばらくのあいだは、ギアをあげていかなくてはならないかもしれません。

 

 

 

カードの読み方はカード本来の意味から読みく方法の他に、違った視点から見てくいということもできるようになっています。

 

 

こんなことができる地域おこし協力隊も、ほかにはいないかもしれません。

おそらく、そこにしかいない存在を目指しているのだと感じています。