つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

整理棚からひとつかみ。 ジャズ編 その172

【Series John Coltrane

OM / John Coltrane

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MVCJ-19105

 

1.OM


parsonel

John Coltrane(ts,ss)
McCoy Tyner(p)
Jimmy Garrison(b)
Donald Garrett(bcl,fl)
Elvin Jones(ds)
Joe Brazil(fl)
Pharoah Sanders(ts)

 


1965年10月1日録音


65年収録なので、コルトレーンの楽曲としては最後尾に近い位置取りになります。
また、収録曲は「オム」ただ1曲。
この1曲だけで30分近くの時間を費やしています。

聴きはじめは「これはジャズなのか!?」「これがジャズなのか!?」という想いに駆られます。
聴きなれないうちは、なんだがかがちゃがちゃやっているようにしか聴こえなくて、次第にまとまっていったかな?と思ったら、お経のような声が聞こえてきて終わり。

このアルバムでコルトレーンは何をしたかったのだろうと思ってしまいます。

 


コルトレーンをこういった音楽へかき立てたのは、ある人が影響となっています。

それが、シタール奏者の「ラヴィ・シャンカール」。
じぶんの息子にも「ラヴィ」と名付けるくらいなので、その入れ込みようがよくわかります。

 


いわゆる「フリー・ジャズ」と言われたこの時代ですが、評価は真っ二つに分かれています。

この曲の収録の前に、問題作の発端となった「アセンション」を吹き込んでいるためで、かなりな色目で観られていたと思います。

 


ひやかしの意味も込められていたであろう、コルトレーンが求める「精神的なもの」。
それは、当時の社会では到底理解はできなかったのではないかと思います。
その理由として、咀嚼するためのボキャブラリーがなかったからではないかと思うからです。
現在は彼、そして彼の曲に対する考察や研究が進んでいますが、彼が受けた刺激の道のりを辿っていくと、この変化は必須のものだったに違いありません。

OM(オム)とは日本語のお経にある「南無」。この「南無」は「帰依」を意味します。
楽曲ではしきりにこの「OM」が聴こえてきますが、コルトレーンはこの曲を「祈り」として扱いたかったのかもしれません。