つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

フタを開けて振り返り。

最近は事務仕事のためてんでブログの文章が思いつかないとみーです。

いえ、決してやる気がないわけではありません。

どうしても「出てこない」と思える日はあるのです。

 

気がつけばイベントから早1カ月が経とうとしています。

イベント自体は大成功ののち終了しましたし、報告書も作成して各所に配布しました。

そして担当課に再び決裁を仰ぎ、記録文書としての取り扱いを求めています。

 

物事を動かす前には、果たしてどんなことを考えていたのでしょうか。

細かなところは忘れてしまいましたが、火種となる気持ちは今でも忘れていません。

そんなことをぼやぁっと考えていたときに、ふとひとつのことを思い出しました。

 

 

maruyamabase.hatenablog.jp

 

これは企画が本格的に進行する前のタイミングでカードを引き、その時の解釈を綴った日記になります。

 

ここでふと思ったことは、「この時の解釈は果たして的を射ていたのだろうか」というものでした。

 

 解釈の詳細は過去記事をご覧いただきたいのですが、この記事を書くにあたり、自分でも読み返してみました。

 

結果は、過去と現在については、大きく逸れたことは言っていません。

問題は、「未来」のカードである「静けさ」の解釈でした。

 

結果としてイベントは成功に終わったのですが、どうも「成功」=「静けさ」の結びつきを感じることが出来ません。そのため、「静けさ」という解釈自体誤りではないだろうかと考えてもいます。

 

そのため、現時点での解釈を加えてみようと思いました。

 

前述しましたが、1枚目の「インスピレーション」と2枚目の「入口」に関しては解釈の再考をしないことにします。

理由としては書いている時点で既に「過去」であったためです。

 

ということで、その時点では過去となっていなかった3枚目のカードのみ、再度考えてみることにします。

 

 

‐No.2「静けさ」の再考‐

 

解説を改めて読んでみますと、幾つかの「ああそうか」という点が出てきました。

キーワードは「平穏・静けさ・静穏・沈着」と、カードそのものの意味を踏襲する表現しかないのですが、改めてこのカードを読んだときに感じたことは、果たしてその静けさは「いつ」起きていたか、ということにクローズアップされていく実感を得ました。

 

人はよく、「落ち着け」ということばを用います。

それは相手の人が性急な人であったり、感情的になっている人であったりする場合があります。

 

カードの解説にも、似たようなことが書かれていました。

 

カード本来の解釈ではありませんが、企画を進めている最中のぼくは、やはり性急さばかりが加速していたような気がします。つまりはひとりで焦っていたのです。それは自分自身でも認めるところでした。

 

だからこそかもしれません。焦ってもいいけどコントロールができなくなるところまでは行くな、と考えて行動していました。

 

期間中は人間関係のストレスはありませんでした。意思疎通に関してのぎくしゃく感は実際にありましたが、これは「それぞれの立場における性質」であり、単純にその人の好き嫌いからくるものではなかったからです。

しかし、ストレスそのものは感じていました。それを感じ続けていたからこそ、「暴走するな」とか、「投げ出すな」と言い聞かせていたことは実際にありましたし、ずっとそれと闘ってきたように思います。

 

そんなときに感じる静けさとは、「何も考えない時間」でありました。

ぼく自身の身近なところでいいますと、「瞑想」がそれにあたります。

空っぽにする時間が必要だった。

実際にそれを行った時間は1時間もありませんでしたが、敢えてそれを行い、改めて向き合うことを何度か実行しました。

 

これがひとつめです。

 

 

次にふたつめですが、解説文のなかに「静けさとは自分自身がいる状況を受け入れた結果」だとあります。これは常に経験してきました。ただ重要なのは、ここで「どうしていくか」というのをしっかりと考え、行動して打開していくことにありました。

 

実際、「どうしてだめなんだ」と憤ることはありました。しかし、憤っていてもそれが解決するわけではありません。じゃあどうすべきなのか?と言いますと、「どのように伝えればストレスなくやりとりができるのか」ということでした。表現方法もひとつではありません。そのため、ひとつひとつのワードに対して過敏に反応するのは時間の無駄なのだと途中から気がついたのです。そこからの加速度は、すさまじいものがありました。集中力も飛びぬけましたし、常に揺るがない意思がありました。

 

そしてみっつめ。

ずっと、怖さを抱きながらこの企画を進めていました。

当日を迎えるまでは、不安の種が多すぎてひとっつも安心できなかったからです。

不安とストレスのダブルパンチでありましたので、いっときかなり落ち込みました。

そのタイミングでいろいろと話をいただく機会があり、涙ながらに再び歩き出したことを覚えています。

結果、この怖さはイベント当日に「吹き飛びました」。

 

 

この「静けさ」は。

 

自分自身が喧騒の中に身を置いていたとしても、自分自身の中にだけ存在する空間のようなものであると解釈しています。どんなに周りの音が大きくても、必要な音などはしっかりと押さえることができている。はっきりとわかっている状態が「静けさ」であったと感じています。

 

イベント中も、時折そわそわしていました。

それは自分のこころが「静かではない」状態を指します。

そうなってしまいますと、不安の種がめきめき出てきます。

 

そうこうしていくうちに、不安はすうっと消えていきました。

そして静けさだけが、残りました。

周りはがやがやしているのです。楽しそうな声もはっきりと聞こえてきます。

それが自覚でき、かつその状況を理解している。

自分がやったことの結果をしっかりと受け止めている。

 

それが、静けさなのだと思いました。

 

このとき、静けさの中にいたぼくは、ほんのちょっとのあいだだけでも、「いるべき場所」に身を置くことが出来ていたかもしれません。

それはまさしく、静けさの中にいることが出来た「恩恵」だと思いました。

 

 

 

 

 

 

企画で忙しくなりますと、カードを読んだことなどとっくに忘れてしまっていましたが、改めて読んでみますと「なかなかいいことを言っているじゃぁないか」と感じています 笑。

自画自賛、ではありませんが、不思議とその時の感情に沿った話をしていたことがわかりました。それはこういった占いの特性なのかもしれませんが、このカードの場合はタロットなどとは違う表現を使うようなので、振り回される心配もありません。

 

 

振り返りをすることは、時には大事です。

成功したときも、失敗したときも。

そこから学ぶ材料が、必ず出てきます。

それを認識して受け止めていくことこそ、次に進む展開なのだと感じました。