先日の日記にて、機種変更した際に使用しなくなったスマートフォンの機体を下取りプログラムを利用して手放したことを紹介しました。
この日記でも述べていますが、これまでの機種変更の際は店員さんに使用しなくなった機体を渡し、穴を開けてもらうなどして使用不可の状態にしてもらっていました。
それに対し今回は機種変更の一切をネットで行ったため、ネットでの機種変更の場合にのみ手続きをすることが出来る「オンライン下取りプログラム」なるものを利用していました。
改めて携帯電話会社のショップページを見てみますと(当方はNTTドコモです)、対象の機種を購入(一部条件あり)しますと、キャンペーンポイントが付与されます。これに下取りプログラムを利用しますと、下取りを行った機種に応じて相当するポイントを付与するという流れになっておりました。
今回の機種変更の際に行ったことを整理してみますと
1.ネットで次の機種を注文(オプション品も注文しています)
※この際に下取りプログラム利用を選択するととともに、プランがキャンペーン対象のものかを確認済み
2.決済情報を登録し(今回はdカードゴールドで行いました)、配送先をドコモショップに設定
3.商品が届き、ドコモショップで初期設定
4.後日、下取りプログラム用のキットが郵便局に到着し、通知が届く
5.キットを受け取り、所定の用紙に記載のうえ、機体を送付
6.受領完了とポイント付与の通知がメール(メッセージR)にて届く ↼ いまココ
となりました。
期間にしておよそ1ヶ月程度でしょうか。
待たされるかなぁと思っていましたが、意外にも早く手続きが済みました。
結果。
下取りプログラムで付与されたポイントは、「5.000」となりました。
これが多いか少ないかの判断はできませんが、3年以上も前の機種に価値をつけてくれるのだから、良しとしましょう。
これで機種変更にかかわる一切の手続きが終了したことになるのですが、ここで思ったことはとてもアタリマエな「現実的」なことでした。
何かと申しますと、やはり人間、何かと「利益」やら「得」することに対し、難なく動くということです。ごく一部では損得勘定を無視して動くことが出来る方もいらっしゃいますが、ほとんどがコレです。つまりは自分もコレに当てはまっています。
それも仕方のないこと。
現実としてこの世界を見てみますと、やはり自分が得すること、何かしらの利益を得ること、特別になることに対しての行動はめまぐるしいものがあります。
それは身近な生活におきましても顕著ですし、スピリチュアルの世界なんかはもう恥じらいもなくモロ出し状態だと感じています。
また、世間が「うちを利用してくれたら優遇しますよー」「忖度しますよー」「特別扱いしますよー」と広告を打つように宣伝しては、あの手この手でお客(または信者)を引きこんでいます。
自分を特別にしてくれる。
他のひととは違う待遇をしてくれる。
ウソかマコトか、そのような言葉に踊らされてしまったという悲しい話は、昔も今も枚挙に暇がありません。そういった出来事を見ては「残念な人たちね~」と言っている当人が、ひょっとしましたら「明日は我が身」になるかもしれないのにと考えますと、利益やら特別扱いというのは、なんだかけっこう邪魔な存在になるのかもしれないと考えていました。
ただ言えるのは。
死後にその「特別」はまったくの無意味だということ。
確証はないですが、生きている世界と死後の世界とでは、価値観が異なるとされています。
お金もあの世にはありませんし、名声も価値基準の対象外になります。
生きているあいだに特別な経験をした、ということも、あの世では評価にならないかもしれません。
そんな風に考えたとき、ではいったい何をするべきなのだろうか?
悲観モードが絶賛発動しているぼくは、ひたすら禅問答をするのでした。