つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

出逢いは「一瞬」、そして「一度」だから。 ~外宮さん~

今回の旅行の目的は「おかげ参り」。

 

実は旅行先に海外も候補に挙がっていたのですが、なんとなーく海外に気持ちが向かないでいました。旅行は行かなくてもいいかなぁと考えていたのですが、口をつたって出てきたことばは「伊勢」。

 

そんなわけで函館~中部国際空港間のフライトを利用し、空港からはレンタカーで三重県伊勢市を目指したのです。

 

 

旅行初日は空港内のアクティビティ、そしてセントレア道民割を利用して三重県桑名市にあります「なばなの里」でイルミネーションを堪能。伊勢市に入ったのは午後10時過ぎになったため、そのままその日の行動は終了となりました。

 

 

 

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ちなみにホテルの部屋には「古事記」がありました。

ホテルの運営会社によっては「聖書」があるところがありますが、さすがといったところです。

 

 

2日目。

この日は朝から車を走らせ、外宮さんに行く前に立ち寄りたいところがありました。

 

 

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夫婦岩で有名な二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)。

 

 旅行ガイドを読みますと、その昔伊勢の神宮の参拝前に心身を浄める祓いが行われていた場所なのだとか。良縁の由来もあるということでしたが、今回は「祓」を目的として参拝。

 

 

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画になります夫婦岩

 

 

その後いったんホテルに戻り、外宮を参拝するのですが、今回はガイドさんをつけて廻ってみることにしました。

 

その名も「お伊勢さん観光案内人」。

 

主催と運営は伊勢商工会議所で行っていますが、案内人を名乗るには検定に合格しなければならないようです。

 

ise-guide.jp

 

ガイドツアーの内容ですが、外宮参拝の

「外宮・月夜見宮参拝 外宮前名物”御饌丼”昼食付」

にしました。

 

 

 

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外宮の火除け橋を渡った先にあります鳥居の前で。

 

このツアーは主に外宮の中にあるそれぞれのお宮を解説付きで案内してくれます。

その他、神路通りを進んだ先にあります月夜見宮の案内をしていただき、終了となります。

 

時間にして1時間30分~2時間くらいの感覚だったかなぁと思います。

ガイドの終了後に昼食で「御饌丼」をいただきますので、ちょうどいい時間となりました。

 

 

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これは多賀宮に行く途中で見つけました。

切り株の一部から新芽が出ていました。

こういうのを見るとなんともほほえましく、感慨深いものがあります。

 

 

ガイドの内容としましては、それぞれのお宮の成り立ちからお祀りしている神さまなど様々です。ガイドブックにも書いていることなのですが、お話を聞きながらの参拝はまた格別ですし、身が引き締まる思いがします。

 

 

 

毎回来て想うのですが。

北海道から比べますと、本州にあります樹木はその樹齢が長く、こと社の中においてはその規模が大きく違います。

 

もう、樹木の太さのレベルが違います。

上の切り株もそうですが、相当な太さだというのがわかります。

おそらくやむを得ず伐り倒してしまったのだと思いますが、長い年月を過ごしてきたことが容易に想像できます。

 

 

 

自然の圧倒的存在感が違う。

そんなことを感じながら、全身全霊で参拝をさせていただきました。

 

 

 

 

その一方で、違和感を感じたこともありました。

 

外宮の正宮を参拝後、少し横に逸れてガイドさんの説明を聞いていたのですが、その近くで目をつむり、ずっと立ってはゆらゆらと揺れている女性のかたがいらっしゃいました。

 

見るからに、他かたと行動が異なります。

しばらくガイドさんの説明を聞いていましたが、その場を後にするまで、その方は目を開けることも、その場所から移動することもありませんでした。

 

その様子は他の参拝者も気にされていたようで、ちらちらと気にしています。

 

 

 

 

実はこういった光景は、何も伊勢の神宮だけに限りません。

札幌にあります、北海道神宮でも同じような光景を見たことがあります。

 

本人としては必死なのか、それとも何か他の目的があるのかはわかりません。

前回参拝したときも、正宮の真正面に立ち、ずっとブツブツと何かを話しては長い間その場から離れようとしなかった参拝者がいました。

 

果たして、ここまで祈らなければならないのでしょうか。

これはもう「祈り」ではなく「願い」になります。

というか、「願い」よりは「要求」に近いと思います。

 

伊勢の神宮をはじめとした神社は、公共の場所と認識されていると思います。

その場所を「自身の欲求のために」「長時間居座る」ことは理に適っているのでしょうか?

 

こたえは「真逆」のように感じます。

伊勢の神宮にあります内宮・外宮はともに「正宮」があり、その奥に御祭神がいらっしゃいますが、「限りなく近い場所」で、自身の気持ちを聞いてもらおうとするのは果たしてどうなのでしょうか。

 

ひょっとしたらその人にとっては「まっとうな理由」があるのやもしれませんが、人間はそこまで自身の能力に制限をかけられたいきものではないはずです。もっと他のことに注力したほうがいいのではないでしょうか・・・と思いました。

そういう人に限って、身なりがピシっとしていたり、高級ブランドのバックとかをもっているんですよねぇ・・・おまけにキレイなんだな、これが 汗

 

まぁ、頑張ってくださいな。

 

 

 

 

 

ひととおりガイドを受けまして、月夜見宮で解散になりましたので、昼食である「御饌丼」をいただくことにしました。

 

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この御饌丼も、御饌丼と呼ばれるための条件があるそうです。

はい。とてもおいしいです。

 

 

腹ごしらえをした後は、再び外宮に戻りました。

 

 

なんでかと申しますと、「神馬」に逢いたかったのです。

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ガイド中は訓練(または放牧)のためこの場所にはいらっしゃいませんでした。

ガイドさんが「午後になったらいるかも」と仰っていましたので、お伺いしてみることにしたのです。

 

実はこの日は11月30日で、翌日に「朔日参り」というのが行われます。

その練習もあってか、この日は多忙であったようです。

 

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その後参道に戻り、買い物へ。

凝縮された時間でした。

 

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北海道からですと、そう頻繁に伊勢の神宮に参拝することは難しいです。

だからこそ限られた時間を大切にしたいという気持ちが顕れます。

が、それは何もこういった機会ではなく、日常の中もあることを忘れてはなりません。

しかしながら、日常にあるものほど、おざりにし、ないがしろにしてしまします。

特別な時間というのは、人間が勝手に決めているのであって、特別も普通もみんな一緒だと思います。何かとそう分けたがる心理がそうさせています。最近読んだ本には「環境が感情を決める」といったことを書かれていましたが、なるほどなぁと思いました。

 

 

そのすべてを汲み取ることは出来ませんが、余るほどのものをいただいたと自覚しています。前回と今回とでは感じ取るものはまるで違いましたが、それもそのときだけしか受け取れないものだからと考えています。

 

ここで感謝したことや感じたこと、考えたことを心に留め、過ごしていきたいと思いました。