つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

1年間の出口がそこに。

今朝、外に出てみるとかなり寒さを感じました。

 

吐く息は白い。

 

雪もこれだけ融けたのに、と思いながら出勤しました。

 

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こういう日は店内にも陽射しは入ってこず、暗さを演出します。

 

ついには、

 

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小雪が降り始めました。

 

 

だからさ~という感じです。

 

 きょうは肌寒い1日で、店内のストーブを稼働させましたがなかなか暖かくならず。

 

逆戻りかなぁと思ったくらいです。

 

 

その後天気は

 

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このような状況となり、雨あられと目まぐるしく天候が変化。

 

世紀末かよ!と思うような時間を過ごしました。

 

 

 

天候が落ち着いてから外勤に出掛け、暗くなってからお店に戻りました。

 

 

忙しくしなければならないはずなのに、自分とその周りの時間の流れ方がそんなに早いものではなく、やはりどこかで焦りを感じながら過ごしています。

 

 

この1年、自分なりにことばを大事にし、伝えていくことを大切にしてきました。

それはやはり自分本位の考え方で、他人にとってそれが同意できるものとは限りません。

自分が伝えてきた、大事に抱えてきた言葉は、ときに受け容れられ、そして撥ね返されました。

 

 

 

何度も自問自答をしています。

伝えなければよかったのだろうかって。

 

自分が傷つかない究極の方法は、「何もしない」ことに尽きます。

自分が行動しなければ、行動の見返りは何も生まれません。

苦しみたくなければ、哀しみたくなければ、そして怖ければ。

何もすることなく、そのままフェードアウトしていけばいいだけ。

そう理解した人の一部は、生きることをしないという選択を採るのだと思います。

 

反面、自身が順風満帆で怖さも何も感じなければ、上記のことですら心をかけることはありません。だからこそ無慈悲と言いますか、自分を優先させた言葉で相手の伝えようとする努力すら微塵に砕いてしまうのだと考えています。

 

 

 

3月ももう半ばにさしかかりました。

明日は、最後の早番担当になります。

感傷に浸っているヒマもありませんが、やるべきことをやって、前に出ていかないと。

 

偉そうなことですが、わたしたちは「前に出て」いかなくてはならない存在です。

そうしないと、何も変えることは出来ません。声を張り上げる力があるならば、その力の数%を一歩前に進むほうに回すことだって可能だと思うからです。

 

 

大きなものを変えていくのは大変困難です。

が、それに比べたら自分ひとりなんて、という風に考えてみれば。

 

 

かなり前に記事として挙げた「It's a piece of cake.」という異国のことわざがあるように、どんなに絶望していたとしても、明日には笑いながらラーメンをすすることが出来るはずなのです。(ちょっと違うか)

 

maruyamabase.hatenablog.jp

 

 

楽観的、ということばがありますが、その要素は重要です。

それくらいの気楽さがときには必要になります。

 

 

前に出なければ、伝わらないことだってある。

中には伝えなくてもいいということもあるでしょう。

しかし、「わかっていても」前に出て伝えたいという考えもあります。

その想いに対して理解を得るのは難しいですが、それはひょっとするとこの世界の価値基準である「利益」とは離れたものなのかもしれません。

 

 

1日経過するごとに、1歩ずつその歩みをすすめていく。

そしてひとつずつ、伝えたいことを積み上げていきたい。

 

 

そう思った1日でした。