つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

「引き寄せ」であっても、自己責任。

本日の八雲町は、雨です。

 

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個人的には雪よりも雨の日のほうが寒さを感じます。

(気温は高いはずなのにね)

 

本日は祝日ですが、こう天気も悪いと外に出歩く人もまばら。

どうやら本日はゆったりと仕事が出来そうです。

 

 

 

今週に入りまして、振り返りをしています。

仕事の振り返りもそうなのですが、そもそも「地方」を意識して現在はどうなったか、どうして地方を意識したのかなどを改めて思い返しています。

現在はその「地方」が叶い、さらにそもそも抱いていた「自然に近い場所での生活」も実現しようとしています。

 

それを人は「引き寄せ」と言いますし、「夢が叶ったね」とも言います。

ではそれが発動するそもそもの段階はどういった状況だったのか。

うまくまとまらないかもしれませんが、書いていこうと思います。

 

 

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 たまには。

 

 

札幌に住んでいたときは、周りから見てもぼくは「疲弊」していたそうです。

実際、当時は自律神経失調症を患っていました。

鬱の状態がしばらく続いていたときは、心療内科に通院していた時期もありますし、それとは別にカウンセリングを受けていた時期もあります。原因はすべて自分にありますが、仕事やプライベートにおける強力なプレッシャーに対して無防備でいた時期があったために、生活が一変してしまいました。

 

 

結局その症状は短期間で完治(この場合は寛解だったかな)するわけもなく、長期間付き合うことになります。しかし働かないわけにもいかず、「だましだまし」の状況を生成して生活し、好不調の波を経験していくことになります。

 

ぼく個人としての仕事ぶりは、よくできた「ほう」だと思っています。

しかし悪い癖として、自分でいろいろと仕事を抱えてしまいます。

周りも自分に割り当てられた以外の仕事をしようという風潮もなく、報告書等の作成は結局自分に回ってきました。そこにあったのは「個人の力量をしっかり測ろうとせずに多量の業務を与える」という実態。このように批判することは容易なのですが、結局はそれに耐えうる素質がなかったということになります。

 

やれ業務分掌だの役割分担だの言っていますが、一極集中になっている職場環境は多くあります。自分の手元にある業務が、果たして適量なのかを考えることもなかったのは、いまとなっては大きな反省点だと思います。

 

 

経験した仕事の大半は、コールセンターでした。

 ネット回線開通に伴う手続きや大手通販、年末調整の問い合わせ窓口や大手CSの事務部署など、多岐にわたりました。そのほとんどで役職を経験し、心身を削ってきたのです。その先に待っていたのは、「疲れがどんどん溜まっていく」環境であり、その蟻地獄からは抜け出すことが出来ないと感じる環境でした。

 

この先どうしていけばいいのだろう。

こう考えたとき、よぎったことの一部に恥ずかしながら「自死」がありました。

人間、気力がゼロに近くなりますとこのようなことを普通に考えるようです。

 

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そんな結末を考えながらも、ひとつ変わったことを始めました。

それが「自然体験活動」になります。

当時は札幌市にある藻岩山の観光ガイドを養成するという講座を受講し、それがきっかけでアウトドア活動のボランティアに参加するようになりました。

 

北海道木育マイスターを取得するそもそものきっかけが、コレです。

 

 

アナログではありますが、自然に触れる活動は体力を半端なく使います。

その日の夜は大いびき確実なのですが、ビルの中で働いて疲れることとはまったく違う疲労感を感じました。そして驚いたのが、疲労からの回復を実感した事です。

 

疲れる⇒休む⇒回復する

 

このプロセスが、会社員時代にはあまりなかったことに驚きです。

 

 

「これを繰り返していけば、もっと健康に近づくのではないか」

そのように考えたぼくは、この分野での就職を模索し始めました。

結果は、惨敗。

この分野でも専門的な知識や資格は必要ですし、何より経験が少なすぎました。

情熱だけでは、どこも雇ってはもらえないようでした(年齢もあるかもね)。

 

こういった変化とともに、暮らしでも考え方の変化が訪れます。

最初は「中古の住宅を購入し、家庭菜園でもしながら」といった、小さな自然を身近に置いての生活を考えるようになりました。そしてそれがいつしか「移住」に切り替わります。ただ移住するだけというのもリスクが高いため、移住先と仕事がセットで決まる仕組みを探すことにしました。そのうちのひとつが「地域おこし協力隊」でした。

 

 

地域おこし協力隊は、全国各地の自治体で募集を随時行っています。

代表的なスケジュールとしては、毎年秋口から募集がぽつぽつと出始めます。

通年で募集をかけているところもあります。

それとはほかに、自然体験活動を業務としている団体を探し、求人情報がないかを確認しました。そこで幾つか応募先をリストアップし、実際に応募するというステップを踏んでいます。

 

移住を試みた1年目は、結局それが叶いませんでした。

そのため、ずっと移住先を探すのではなく、期間を決めて探すことにしました。

移住先が決まらなければ仕方ない、このまま札幌市で生活していこうということです。

そのように決めて取り組んだ結果ですが、北海道八雲町から採用され、平成30年の4月に任用となり、移住を果たすことになります。

 

 

 

 

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望んで都市部から地方への移住が叶いました。

札幌と比べますと、自然が断然近い土地に住んでいます。

「引き寄せ」が叶った瞬間です。

 

しかし、引き寄せはここで終わりというわけではありません。

 

ひとつ引き寄せたことから、更なる引き寄せが起こります。

それは大部分、その人が意識していないものです。

ですがその引き寄せは、最初の引き寄せによって起こったものになると考えたとき、直前の目的だけではなく、大局つまりは長い目で見た引き寄せの効果や実際を考えなくてはいけないことになります。そこまでの考えに及ばないケースは数多くあります。

 

引き寄せは、一回やれば終わりではありません。

一回やったからこそ、最後まで付き合わなくてはなりません。

まさしく、自己責任です。

 

だから、「これが引き寄せの法則よ~」とキラキラさせている人が昔も今も大多数おりますが、それをずっと発信していかなくてはありません。なぜならばその先に起きたこと「すべて」が、まさしく「引き寄せた結果」であるからです。なのでそこで自分にとって都合の良いことだけを並べているブログがもしあったら、「はて?」と疑っていいと思います。

 

 

 

八雲町に移住して、そして定住が叶うことになりました。

ここまでは、自覚している「引き寄せた」結果になります。

問題は、ここからです。

上記の引き寄せがどのような展開を生むのか。

責任をもって受け容れていかなくてはなりません。

 

 

約1年間、適度な緊張感をもって八雲町で過ごしてきました。

ときには全力を注ぎました。全身全霊で臨みました。

強い想いが、この先の道筋を引き寄せました。

4月からは、新しい場所での活動となります。

そこでは新たな流れが生まれます。

それを歓迎し、また前に出ていこうと思います。

 

 

 

明日は、協力隊としての最終出勤日になります。

最終週は年次休暇の消化となるため、勤務先のら・ふもに来ることはなくなります。

(とはいっても来る用事はあるのですが)

 

明日は、午後から閉店までの勤務。

どのような1日になるかはわかりませんが、ぼくらしい1日にしたいと思います。