つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

【詩】うぶごえ いななき

山を闇がすっぽりと包んでから

 

にわかに分娩舎が騒がしくなった

 

どうやらお産が近いようだ

 

一次破水を終えた牛は

 

人間との距離を保ち

 

少し緊張気味でいるようだ

 

だから人間は遠くから見守ることにした

 

 

 

人間が心配し 声援を送っているのを余所に

 

母牛は一生懸命リズムをとって

 

牛の前足

 

そして頭

 

胴体そして後ろ足を一気に世に送り出した

 

不思議で仕方ないが

 

ひとつの生命の体内に新しい生命が宿り

 

それが形づくって産み出される光景は

 

神秘さという表現では言い表すことのできない

 

救われるものだった

 

 

 

仔牛が産まれたのを確認して

 

急ぎ状態を確認する

 

人間の手が必要なお産もあるのだが

 

この親はすべて自分だけでやりきった

 

いのちのやりとりをまっとうした

 

 

 

体液で濡れたままの仔牛は震えながらも

 

小さな声を振り絞って母牛のほうを見る

 

それはまさしく

 

その子の存在を証明するものだった

 

母牛は何が起きたかわかっておらず

 

少々混乱しているようだった

 

 

 

しかし

 

 

我が子を見た瞬間

 

 

 

牛は吠えた

 

吠えたのだ

 

何度も

 

何度もだ

 

普段とは違う高い声で

 

仔牛を見つめながら

 

 

我が子よ!

我が子よ!

我が子が生まれた!

 

 

歓喜した

 

 

 

 

 

人間は牛のことばなどわかりもしないが

 

この牛のことばだけはわかった

 

この母牛がどれだけ子の誕生を喜び

 

歓喜に満ち溢れているか

 

母牛の言っていることのすべてが

 

すべてわかったような気がした

 

 

 

人間は

 

すなわちぼくは

 

この母牛の喜びと歓喜の宣言を聞いて

 

ただただ目頭を熱くし

 

母が子を愛撫する様子を見守りながら咽び泣いた

 

 

 

どこにもない とても神秘的な夜だった

 

 

 

 

 

 

 

※誤字を修正し、文言を少し変えました 20190605 22:08