つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

【詩】ぼんやりとした想いに

「この街を案内してよ」

 

そのように問いかけられたとき 果たしてどこを案内するだろうか

 

あんな場所やこんな場所があったなと思いながらも

 

ではどこに連れていけばいいかという問いの回答には結びつかない

 

それはどこかわかっているようで実はわかっていない

 

人間特有のスキルなのだと思った

 

 

 

「愛してる」ということばあるけれど

 

とても抽象的な言葉だと思っている

 

それを現実的に、そして具現化するというのはひどく難しく

 

そしてその実態は人それぞれだから

 

果たしてどれがそれにあたるのだろうと首をかしげてしまうこともある

 

本当はわかってはいないけれど

 

自分でこうだと決めたいという気持ちや

 

これまでの経験からこれこそという判断で決定を下していく

 

これはこういうものだと決めていくのは

 

人間特有のスキルだと思った

 

 

 

 

「はじまり」も「おわり」も

 

ほんとうはそんなところがないはずなのに

 

どこかでそれを決めたがる

 

そうすることで区切りをつけたいからなのか

 

かかわっていきたいと思ったときにはずっと前からはじめをつくり

 

もうかかわりたくないと思ったときには相手の同意なしにスパッと終わらせる

 

わたしは神の子だと自画自賛しているその人は

 

まさしく神様を気取っていた

 

 

 

 

目の前の物質に愛などはなくただ介在しているだけで

 

物質に愛が込められているかというのとはまた別な話だ

 

何故なら本来 愛というものはいきものから伝わる波動のようなもので

 

いきものが創り上げた物質などは ただ表現しているだけなのではないだろうか

 

ただわたしたちは愛とはどんなものかをはっきりと知ることができていない

 

だからこの世界にはいろんな愛が打ち立てられている

 

 

あの人にこの街を案内するとしたらどこに連れて行こうか

 

それはつまり 「わたしのどこが好き?」という問いに対しての想像に等しい

 

今まではできなかったとしても これからできるようになればいい

 

 

鳶がこの街で優雅に舞っているように

 

雲の隙間から射す陽光が山を照らすように