モノは壊れても直る
病はなかなか治らない
形あるものいつかは壊れるけれど
直しながら大事に使っていくこともできる
反面 形に見えないものほど扱いがぞんざいになり
壊れていくさまが見えないからか
どこかで壊れてしまってもいいと思ってしまう局面がある
そこから先はもう 自分は知らないという無責任とともに
見えるモノも見えないモノも
なおすことができるうちが ひとつの猶予なのかもしれな
なおせなくなった時点で後悔しても
おそらく手遅れになってしまっているだろうから