昨日の日記の内容についてですが、新しい発見!というよりは、完全仮説の、完全な夢想話に過ぎないものです。
しかし実際にあのようなことを考えると、時間の経過ですら「シンプル」ではなくなってきます。
「いま」という時点において既に「過去・現在・未来」が関わっているというのは、何となく納得できる話です。時間という概念があるので、その「いま」から1秒でも時間が経過すると、これまでの「いま」は既に「過去」になり、新しい「いま」を迎えます。
すげーめんどくせー話ですが(笑)、単純に「いま」といっている瞬間には、様々な可能性をはらんだ時間が連続して発生しているということになります。最初から人生の「流れ」が決まっているかのような錯覚を覚えます。凄く細かくポイントを打ち、決して「迷わないように」設計されているように感じたからです。
この仮の考えを思いつき、文章にするために想いを巡らせていましたら、ちょっと別の分野なのですが、法華経にある「一念三千」を思い出しました。かつて創価学会員だったわたしですが、昨年春に退会。それを機に学会のモノはすべて手放しましたが、仏教関連の本を読んだことで今更ですが「なるほどなぁ」と感心させられました。
※決して法華経が正しいといいたい訳ではありません。あしからず。
時間も、そしてひとの心も、思っているほどシンプルじゃない。
それを知らずに、ひとの多くは直感であらゆるものを解釈しようとします。
しかし、解釈するためのボキャブラリー圧倒的に「足りない」としたら?
結果、間違った解釈をしてしまい、知らずに違う方向へ進んでしまうこともあり得ます。
直観を大事にすることはもちろん大切ですが、直感に頼りすぎると「感情の表面だけ」しか汲み取らなくなります。深層心理ということばなどにもあるように、どこかで必ず「深い」ところまで行かなくてはなりません。そうしなければ、じぶんのことをじぶんがいちばんよく「わかっていない」状態を生みます。
じぶんのことだからじぶんがいちばんよく知っていると思っていたのは、何を隠そう自分自身だった。他人のほうがじぶんのことよくわかっていた。
こんな経験をしたひとは、少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
それは、じぶんという時間やこころ、そして世界等を「表面」だけしか見てこなかっただけだと評することができます。
いきなりアニメの話しですが、機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 2nd Seasonにおいて、ガンダムマイスターにひとりであるティエリア・アーデという人物が語った言葉があります。
それは「自分の世界くらい、しっかりと見たらどうだ」(要旨)。
わたしたちは日々テレビやラジオ、新聞やネット(SNS含めて)を通じて膨大な情報を得ています。今やそれが正しいのかどうかを判断する前に、情報自体が更新、またはその他の情報に紛れ埋もれてしまいます。洪水のように流れる情報の「一部」だけを汲み取り、それが「真実だ」「陰謀だ」等と判断して行動を起こしてしまうのは、時間や感情などと同じように「表面」だけで判断してしまうのと同じです。わたしたちはもっと、この世界や時間、そしてわたしたち自身についてしっかりと見ていくことが必要です。
やりかたがわからない。だったらネットで調べよう。
では、ダメです。
考えることを放棄しないでください。
直観に頼らないでください。
誰かの言葉ですが「こころで考える」という表現がありました。
わたしたちは日頃面倒なことを嫌います。
パフォーマンスが悪いものについても、嫌悪感を抱きます。
じつはそのようなネガティブな要素は全員が持っています。
それを見て見ぬふりをしながらも、他人に対してポジティブなことばを並べています。
嫌なことには目を向けない。
それはわたしのやることじゃない。
わたしにはこれが必要だ。
などなど、いろいろと「決めつけて」しまっている部分が、知らずにあります。
もしかしたら、そのようなことから「疑う」ことが、大切なものをしっかりと「見る」ことにつながっていくんじゃないかと思います。
きょうまでに読んだ本
青春と読書 2017年2月号 集英社 (24)
未徹在「組織のなかのリーダー」の在り方 栗山英樹 KKベストセラーズ (26)
宝探しから持続可能な地域づくりへ 日本型エコツーリズムとはなにか 真板昭夫・比田井和子・高梨洋一郎 学芸出版社 (27)
高倉健インタヴューズ 野地秩嘉:文・構成 プレジデント社 (28)
ちはやと覚える百人一首 「ちはやふる」公式和歌ガイドブック 早覚え版 講談社
生き直し 岡部えつ 双葉社 (30)
トヨタの段取り ㈱OJTソリューションズ 角川書店 (31)
木を植えよ! 宮脇昭 新潮選書 (32)