つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。このたび不定期更新に切り替えました。

1万円の買い物のあとに、3.190円の追加購入。痛いけど、痛くないの。

先日、しこたま本を購入したことは過去の記事で書きました。

 

 

maruyamabase.hatenablog.jp

 

 

 

個人的には、美味しい食事をいただくよりも、書籍をしこたま購入することにかなりの興奮と至福を味わいます(笑)。それほど書籍は色んな役割を持っていますし、その責務をしっかりと果たしています。本ばかり読むな!という人もいらっしゃるでしょうが、本に学ぶべきことも多いのは確かな事実です。本を読むことを非難するいっぽうで、何もしてないのでは話になりません。たとえそれが表現・言論の自由であっても「ただ言えばいいものではない」ということを理解しなければ、結局は自分の発言で自分自身を窮地に追い込むだけになることでしょう。

 

 

 

 

 

先日の連休を利用し、本屋をはしごしてしこたま書籍を購入しました。それで今月はもう本を買うのはいいだろう・・・と思っていた矢先に、急ぎ書籍を入手しなければならないことが起きてしまいました。

 

 

 

 

それは母の再入院。

 

先月は調子が良かったものの、処方箋の効果が著しく弱まり、再び症状が顕著に出るようになってきていたのです。客観的に見て、調子の波の幅が激しいなと感じていました。

 

その時はちょうど週末・連休にさしかかることもあり、連休明けに具体的な治療方針について決めていくことになっていたため、その時点では「今後の経緯を見守る」ことでしか意見の一致を見なかったのですが、母が抱えている症状について少し調べてみたところ、気になるサイトを発見しました。それを今回はここで記すことはしませんが、それを基に情報を探ったところ、書籍が出ているということがわかったので急きょ買い求めることに。刊行はかなり前だったので、ブックオフのネット店舗(先の日記ではネットオフと記載してしまいました)で在庫が確認できたので他の書籍と合わせて購入。それが本日届きました。

 

 

 

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先日の買い物で1万円。

あと3.190円。(ポイント使ってますので実際はこれより安価で購入)

 

フタを開けて見ましたら、結構な買い物となりました。

自分で購入しておきながら言うのもなんですが、嬉しい悲鳴です(汗)

 

ただ、目的の書籍は何人かで回し読みをしなければならないため、早急に読む必要があります。週末に手をつけることが出来ればいいなと考えつつ、その他にもある読まなければならない書籍も読了していきます。

 

 

 

 

今回の買い物で20冊近くの本を購入(上記のように古本屋も利用しているため、この数に)。

 

ネット上の情報の質を考えていくと、まだ書籍のほうがその品位を保っていると個人的には評価しています(それでも時折アホみたいな本は出ていますが)。口で言うだけで何もしようとしていない、情報の出自をろくに確かめもせずその正当性を主張する人を稀に見かけますが、残念に感じることは「自分の発言に責任を持たないこと」。仮に発言した内容が誤りだったとしてもその責任を「情報」のせいにし、自分が「発言して広めた」ことに対しての責任の所在を明らかにしようとしません。それどころか、必ず論点を「はぐらかす」行為に移ります。これって顕著なんですよねぇ。そしてしまいには「勝手にすれば」と逆ギレ。相手を批判することは積極的にするものの、自分の過ちを認めるのはひどく消極的と言う、なんとも自分勝手なタイプ。それは決して「話すのが下手」は理由になりません。また敢えて言えば「言わなくてもわかってくれる」というのも、幻想です。結局それは憶測でしかないですし、自分勝手な解釈に過ぎません。そこから生まれた食い違いの原因をしっかりと確認もせず「わかってくれない」と評価するのは、浅はかだと断じます。

 

 

 

わたしたちはことばを持っている以上、表現する「義務」があります。

それを「下手」という理由で消極的になりつつも、意見が噛み合わない、言い争いになった際に相手を見放すというのは、まったくもって筋違いです。努力もしないでよくそんなことをかんたんに決めてしまうなというのが、率直な感想です。

 

もちろん、ことばを巧みに使っていく人もいるでしょうが、その背景にある性格を見ていけば、その発言にあるものは何かというのは自ずとわかるでしょう。幸いにというか、残念と言うか、ぼくはそういったタイプのひとたちを何人も見てきました。しかし、当人はそれを自覚していないことでしょう。

 

 

 

ことばで表現できるものごともあれば、できないものごともあります。

残念ながらという表現は適切ではありませんが、それが事実です。

ただ、ぼくが人間として生きていく以上は、ことばを学び、そのことばで出来る限りのことを表現し続けたいといつからか考えるようになり、鍛錬を続けています。その先にはたった一片でもいいから、自分だけの表現ができるようになれればと希望を抱いています。

 

 

 

 

 

本を読み続けていれば、お腹いっぱいになって本を読みたくないときもあります。

必要なことのひとつは「継続していく」こと。

 

現時点では何もわかっちゃいませんから、少なくても設定した目標までは読み続けますし、今後の礎になるよう、ここでも軸を築いていきます。