水底(みなそこ)からの出発。~カリンパニの夜明け④~
天気もファイターズも、あまり調子はよくないようです。
札幌ドームで行われた広島との3連戦は3タテを喰らってしまいました。
中田選手の不調が痛いです。4番が凡退してしまうと、流れが止まるんだという典型をみたような気がします。その後広島に1点を加えられ、負けてしまいました。
明日からの巨人戦、どうなるか心配です。
さて、ニセコ・カリンパニにワークデーから参加していたのですが、参加当日に業務用の炊飯釜(大型)を派手に焦がしてしまい、一時使用不能にしてしまったわたし。
この時点で出鼻を挫かれたどころか、ノックアウトを喰らいました。もうそんな気分でした。
自分が不調の裏では、他の奉仕者のかたがリカバリー(重曹を使用して焦げ目をとる作業)を1日半かけてくださいました。また、コースが始まっていない段階でのアクシデントであるため、大丈夫大丈夫と何度も励まして下さいました。
それとは裏腹に、自身の体調は最悪を極めていきます。
身体はきしむように痛みが走るし、頭痛や吐き気を催すほどのテンション。
前日からの絶不調は、翌日も続いていました。
食欲もなし。気力もなし。
それでもまだ、コース開催前だったことが救いでした。
思い返すと、グループ瞑想や食事の用意以外は何をしていたかさっぱり思い出せませんが(汗)、生活に慣れることだけで精一杯だったような気がします。加えて、最初に炊飯釜を焦がしてしまうという失態をやらかしたので、気合を入れて踏み込もうとした足を払われたかたちになっていました。そのため、完全に委縮。考えることも出来ない。もう、何のためにここにいるのかさえ、わからない状態に近くなっていました。
しかし、何故だか、その場所を離れるという選択肢が浮かばなかったのが不思議です。
もとい、そんなことを考える余裕すらなかったのかもしれません。
結果、それが幸いとなります(苦しみはハンパないですが)。
炊飯釜が復活し、ぼくの体調も戻ります。
何となくですが、ここからやっとスタートという感じがしました。
体中の痛みもだいぶ引き、頭痛もある程度我慢が出来るくらいのものに。
吐き気も、どこかへ行ってしまいました。
コース開催日。
生徒さんが来るまでは残っている食材を中心に料理を作ります。
幸い、お米は豊富にありましたので、白米・玄米と交互に炊き、水加減の調整を行っていきます。
生徒さんが来る日は、夕方に軽い食事となるため、そのタイミングに合わせてお米を大量に炊く必要があります。量にして50合近く炊いたと思います(白米と玄米あわせて)。
炊いたご飯はすべて「おにぎり」にして出しました。
100個以上、握りました(汗)
これまでまともにおにぎりなんて握ったことがないにも関わらずです。
もう笑うしかありません。
効率的におにぎりをつくっていく手順を考え、キッチンにあったレシピ本などを参照にして、おにぎりをつくる準備を行います。
おにぎりを作るのはお昼ご飯を食べ終わってから。ひとり黙々と握りました。
途中手伝ってもいただきましたが、その大半をひとりで握りました。
握っているあいだは、無我夢中でした。
おにぎりを握ることに、ただただ集中していた時間でした。
夕方を迎える前に無事、おにぎりは出来上がり、生徒さんの到着を待ちます。
生徒さん到着後はオリエンテーションと食事、その後すぐにグループ瞑想が行われます。
グループ瞑想というのは、参加者が1つの空間に集まり、瞑想を行うというものです。このグループ瞑想は1日の中で数回行われ、参加が必須とされています。その他の時間帯に行われる瞑想に関しては、自分のベッドの上で行うことも可能です。
流れるようにオリエンテーション、食事、瞑想とスケジュールが消化され、この日も終わりを迎えようとしています。疲労感を感じる暇もなく、ここから怒涛というか、淡々と食事をつくる修行に入ることになります。その中で感じたこともまた苦しみであり、猛毒のようにも感じていきます。
合宿という特殊な環境、そして独特のルールの中で過ごすということ。
それは思考の範囲もある程度狭まることを意味しているのかもしれません。
その背景には、ここまで来たのだから最後まで頑張ろう、我慢してみようといった心理が働くからなのかもしれません。様子を見るというのは、日本人にありがちな感性なのかもと思ってしまいます。
ただ、会話は奉仕者間のみで行っているため、それ以外は聖なる沈黙(つまり無言)を貫きます。視線を合わせてもいけません。コミュニケーションをとることを禁じているため、自分がいる環境に合わせて行動を変えていくことが必要となってきます。最初は慣れないかなと思いつつも、すんなりととけ込むことが出来ました。ただ、日常とは違う習慣のため、こういったところから来る疲労は見えないところで蓄積されていたことを、このときのぼくは知る由もありませんでした。