前回の日記では11月30日に外宮の参拝(ガイドつき)を行いましたが、翌日12月1日は、毎月恒例の「朔日参り」を行っておりました。
この行程を決めた際にはまったくもって考えておらず(笑)、フライトが近くなってから気がついた次第です。
で、この朔日参り(ついたちまいり)、早朝と言いますか、夜中から行われます。
夜のおかげ横丁に明りが灯り、参拝者をもてなします。
ぼくが向かった時間は午前6時でしたが、もっと早い時間から動いていらっしゃる方も多くいらっしゃったようで、現地に到着した際にはそれはもうあちこちの軒先で行列が出来ていました。
この朔日参り、少しコツがいるようです。
何故かと申しますと、まずバスの運行時間外になるということ。そしてタクシーの予約が朔日参り前日にしか受け付けできないこと。
聞けば各会社で保有している台数がそんなに多くはないとのことでした。
そのため今回はレンタカーで移動することとしたのです。
レンタカーにしたのも、この朔日参りがあっての対策だったのです。
事前に調べたところ、競技場のようなところが五十鈴川を挟んだ先にあります。そこでは朔日参り限定で「赤福さん」が無料のシャトルバスを運行しています。これは名物のおもちを買うお客様向けに運行しているバスで、赤福本店前まで運んでくれます。ただマイクロバスなので1度にたくさんの人を運ぶことが出来ないので、寒い時期ですと暖かい恰好をしたほうがよさそうです。
折角なので、おもちをいただきました。
みなさんご存じのおもちに加え、朔日参り限定のおもちとお茶がついてくるセット。
とてもおいしかったです。
ガラス等で仕切られてはいましたが、目の前で作っている光景を目にすることが出来ました。だからさぁ、美味いのよ。
とても活気がありました。
赤いところは、火です。こういった光景って、いいですよねぇ。
この日も前日同様、お伊勢さん観光案内人にガイドをお願いしていました。
集合時間まではまだ余裕がありましたので、先に御朱印をもらうなどして準備を整えます。
この日は曇りであったため、宇治橋の前でご来光と鳥居を合わせた撮影を待ち望んでいたギャラリーは結果待ちぼうけとなってしまったようです。
さて、今回のガイド内容ですが
「内宮早朝参拝」というツアーを依頼しました。
このツアーには朝食(または相当する金券)がついてきます。
詳細はHPをご覧ください。
今回も説明をいただきながらの参拝となりましたが、やはり楽しかったです。
今回のガイドさんもとてもよく精通されていて、紅葉なども織り交ぜながら内宮の歴史や自然が見せる絶妙な表情を教えてくださいました。
内宮には「神苑」と呼ばれるところがあります。お庭のようなところです。
普段でしたらそこは横目に見て先を進むのですが、そこはガイドさん。紅葉とともに「秋に咲く桜」を紹介してくださいました。
どうやら内宮の「第1鳥居」は、この神苑を進んだ先にあるとのことでした。
説明をいただきながら正宮の手前まで行き、しばし待つことに。
何かと申しますと、コレです。
神馬の参拝です。
もうギャラリーの凄いこと。
「フラッシュ禁止」と関係者のかたがしきりに注意されていました。
その後、ぼくたちも階段を登り、参拝。
そして内宮内を散策し、楽しい会話をすることができました。
いいねぇ、いいよぉ(自己満足)。
写真撮影に疎いぼくでも、そこそこの画になります。
さすがに人が多いですね。
朝方は冷え込みますので、あたたかい恰好で。
別のお宮向かっている際なのですが、朝日が射してきましたので思わず。
背景がよく見えていませんが、ナイス紅葉な感じでした。
きれいなお花です。名前は、忘れました 汗。
自分勝手な解釈ですが、この日目にしたもの、耳にしたものすべが「恩恵」に感じられました。それほど素晴らしい時間でした。
戻りましたら、ちょうどお日様が見えていましたので撮影してみました。
頭の中に知識を詰め込んで廻るというのもいい方法なのですが、現地のガイドさんに頼るというのもひとつの趣です。地元のかたが担当していらっしゃるので、とても気配りが細かいです。そのおもてなしの素晴らしさは後日お話できればと思うのですが、その姿勢は地域おこし協力隊としてたいへん勉強になりました。
内宮・外宮とそれぞれ担当してくださったガイドさん、ほんとうにありがとうございました。
ここで印象に残ったことは、ガイド中のとあるひとことでした。
伊勢の神宮の内宮と外宮ですが、ところどころ規制線を張るようにして囲っている場所があります。
聞けばその場所は祭事のときに使用する場所や神さまを祭っいるらしく、劣化を出来るだけ防ぐためなどの対策をとられているようです。(間違えていたらゴメンナサイ)
歩いていて不思議に思ってはいたのですが、大事な場所なんだろうなと思っていたくらいで、特に気にしてはいませんでした。
ここで、ガイドさんの一言が、何とも腑に落ちました。
「そこには神さましかいない。パワースポットなんかじゃないんだよ。」
この一言に、凝縮されているものを感じました。
かつてのぼくもそうですが、ありがたいと思われる場所やモノに対して
「手かざし」
をする人は少なくないです。
しかし、実はコレ、NGだそうです。
「手かざしはしないで」といったアナウンスを見かけたこともあります。
神さまに手かざし。
なるほど、と思いません?
何でもかんでも、いいものをもらおうとするのはよくないということですね。
このガイドさんの言をよーく考えてみますと、「神さま」と「パワースポット」は明確に違うということをおっしゃられています。そこに対して質問はしなかったのですが、その発言には凄く説得力がありました。
ご利益があるもの。
それは神さまが祀られているところであったり、パワースポットと呼んでいる場所だと多くの人が受け止めています。
そしてどこかで
神さま=パワースポット
と認識して行動してきたように思います。
そもそも
「パワースポット」とは言っていますが、それはほんとうに存在するのか?
という素朴な疑問が湧きます。
確かに、その場所に行きますと他とは違う空気が流れていたり、特殊な自然条件があったりはします。ただそういった条件が、無条件に人間に良い影響を与えるかどうかは全く別の話のように思えます。
仮にそこからパワーをもらうことが出来たとしても、受け手のコンディション次第では単なる重荷、つまりは「負担」にしかならないパターンも考えられます。ゲームの快復アイテムのような効果を発揮するのは、まずないのでは?と思います。そのような効果を実感した!と公言する人はいらっしゃるかもしれないですが、それはたぶん、その気になってるだけなのだと思います。
ぼく個人もこれまでいくつかのスポットを回ってきました。
パワーをもらおうとしたこともありましたが、最近はそこにただ訪れるのみとなっています。
ガイドさんの一言を聞いて思うのは、パワースポットは何も特別な場所にあるわけではないということ。そしてそもそも、パワースポットと呼ばれるものはないということになるのではと感じました。
ぼくが聞いた感覚としては、
「神さまとパワースポットなんかを一緒にするな。不遜ではないか」。
という見解にとれました。
パワースポットという言いかたも、スピリチュアルという分野が市民権を得るための広報活動のような気がします。思えばここ数年で出てきたことばなんですよね。
じぶんに利益(プラス)になることだけは、ぐんぐん人気が上昇するというのは、何とも皮肉に感じました。
早朝からとても楽しいガイドを受け、内宮の参拝を済ませました。
その後朝食をいただき、散策をした後で伊勢市を離れます。
帰りの飛行機は翌日なのですが、早い時間の便であるため、前日に名古屋市に入ることになりました。
再びレンタカーを走らせ、高速道路を利用して向かった先は、「熱田神宮」でした。