つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

ん・・・、ちょっと待てよ・・・

いや、何がと申しますと、先日書いたこの記事。

 

 

maruyamabase.hatenablog.jp

 

読み返したら、テーマ、ないんじゃない?って思ってしまいました。

 

 

「今年1年はこうなる」的なことは書いていたのですが・・・

 

 

それじゃあ意味ないと思いましたので、今日はこの記事に対して付け加えていこうと思います。

 

 

まず、カードの番号は12番で、「過去世」というものでした。

 

これまで過ごしてきた時間は、未来に必ず活きてくるというふうに読み取り、それで「報われる」ということばを導き出しました。

 

しかし、「報われる」が実際のテーマにはならない。

じゃあ、ここから出てくるテーマって何だろう。

 

もう少し、カードとその解説を読み進めていくと、こんな言葉が浮かんできました。

 

 

 

「なんでもやってみる」

 

 

 

なんじゃそらwと思ってしまったのは事実。

だって、カードと結びつきがあるようには思えないからです。

 

 

続けて、こんな言葉が追い打ちをかけてきました。

 

 

 

「臆するな」

 

 

 

ここから読み取れる内容としては、「自分で勝手にできること・できないことを決めてしまわないようにしよう」しようということでした。

 

つまりは「枠を決めるな」ということ。

 

 

最初から枠(範囲)を決めてしまいますと、そこからの広がりもある程度決まってしまいます。そこを予測してというのももちろんいいと思いますが、逆に考えますとその広がりが限定的になりますので、「なんでも」にはならなくなってしまいます。

 

子どものころはそれこそ「なんでも」でもよかったと思いますが、年齢を重ねるにつれそれが許されなくなっていきます。そういった背景があるため、「絞った」選択をするようになっていった部分もあります。そこには生活もかかってきますので、絞っていかなくてはならないという側面もありますね。

 

 

しかし、それがすべてではないのでは?とカードを見ていて思いました。

年齢を気にする発言と、気にしなくていいという発言。

どちらが本音なのかはわかりません。

 

ただ、ぼく自身は「年齢を気にしない」方向で行きたいと思いました。

身体の可動域が狭くなるという実感をもってはいますが 汗。

 

 

「いま」というのは過去の積み重ねで出来ています。

そう考えますと、過去にやってきたことの幅が広ければ広いほど、「いま」の厚みが増します。だったら、なんでもやってみるべきじゃない?という考えも「なるほど」となります(もちろんやるとやらないの判断はある程度必要です)。

 

 

 

というわけで、今年1年のテーマは

 

 

 

んー、

「たくさんの種を植える」

で行きます。

 

 

これは何もこの1年だけ、という風には想っていません。

どんなテーマであれ、続いていくことを意識していくことが大切だと思います。

その中でも、特に意識していこうというように捉えていけばいいのではないかと。

 

 

明日から2月です(もうかよ、という感じ)が、2月は2月であれこれと動く予定でおります。その先で「種」を植えていき、新芽を出していきたいなと思いました。