きょうは陽射しがとても暖かい日でした。
普段いる管理人室ですが、カーテンがありません。
障子越しに太陽の光がやんわりと射しこむ様になっています。
最初はぐっすり眠れるかなーと不安だったのですが、現在の感覚としてはとても調子がいいです。どんなに遅く寝ても、毎朝パキっと起床します(笑)
聞くところによると、太陽の光を浴びて目を覚ますのがどうやらいいようです。
自然の多いところならではというわけではありませんが、ここに来なければできなかった経験かもしれません。
そしてきょう、気づいたことがありました。
それは春の訪れを感じたこと。
実は平日は朝礼と夕礼を行っているのですが、外にある花壇からいつの間にか芽が出ており、なんと花を咲かせていたのです。これには驚きとともに、心がとても和みました。
朝から素敵な贈り物をいただいたという感じです。
さて、4月ももう1週間が経過しました。
普段は山のうえに居るため、町内の情報はてんで入って来ません。
そのため町内に居ても、ちょっとした孤立感を感じています。
そうなりますと、自分で情報を得るようにしなくてはなりません。
黙っていても、情報からはこちらにやってくることはまれです。
新聞の折り込みチラシのように入ってくればもちろんいいのですが、ぼくが住んでいる地域は新聞が郵便で送られてきますので、そもそもチラシとは無縁です(涙)
元・地域おこし協力隊としては、就職してからも町の情報をキャッチしたいと考えていますし、同時にリリースしたいと考えてもいます。そして近い将来願わくば、自分が多少なりのイニシアチブを発揮したものごとを展開したいとも思っています。
その理由は兎にも角にも、「恩返し」や「恩送り」に含まれる、ささいなひとつのことなのです。それ以外にも八雲町を知ってもらう方途は数多にありますが、自分でできる範囲のことを考えながらやっていくには、少なからず限界があります。
ただ、「それでも」なのです。
二の足を踏んでしまうことがこれまでにもありましたが、これからはそうも言ってられないのです。このチャンスを逃したら、もう二度と来ないと考えたほうが自然なのです。
そんな経験を、地域おこし協力隊でいた1年のあいだに何度か経験しました。
できることなら、もうそんな経験を重ねたくはありません。
八雲町民から見たらぼくは完全によそものです。
居住年数もないに等しい。
だから、いろいろと声はかかりますし、あれこれと言われるでしょう。
そこに向き合ってしっかり対応していくことで、違う視点から見た八雲町を感じ取ることが出来たらいいなと考えています。
当初は「落ち着いたら」と考えていましたが、それでは遅いのではないだろうかという気がしてきました。
動けるうちに動いたほうがいい。
そう、どこかが呟いています。
ぼくはまだ、北海道八雲町を知らないと思っています。
だからこそ、今後も八雲町については知っていくという立場にいます。
地域おこし協力隊でいたときにはできなかったことを、ちょっとずつでもいいから長い時間をかけて取り組んでいきたいなと考えるようになりました。
いわば「八雲町地域おこし協力隊 第2章」みたいなもんです 笑。
公認でもなんでもなく、単なるひとりよがりみたいなものですが、協力隊であった頃の経験(のようなもの)を活かして、発信できるものはどんどん発信していこうと思います。
そんなことを考えて決めた、アカゲラが遠くで木を突く音が木霊した晴れの日でした。