気がつけば4月ももう折り返し地点です。新しい職場に来て半月が経過しました。
が、まったく落ち着いておりません。
特段何をやったという感じではないのですが、毎日へとへとです。まじで。
ここ最近の外勤はぼくが回っていますが、車を走らせるたびに新鮮な景色が目に飛び込んでくるのはとてもうれしいことです。ただ仕事なのでいつまでもその場所にいることはできませんが。
車を走らせていますと、時折「撮影スポットだな」と思わせる場所に出会います。
場所に限らず、天気も写真撮影における重要な要素だなと感じているところです。
今行っている業務の全体像は、おそらくいま想像しているものよりはかなり大きいと思います。そのうちのどの程度に手をつけ、手掛けているかの実感がまったくありません。それでも手足は動かしていますし、頭も働かせています。なかなかに忙しいと思わせる日々です。
そんなことを言っていられるのも短期間です。これからもっと覚えていかなくてはならないことが山ほどあります。それらはひとつの表現として「積み重ねて」いくべきものでありますが、もうひとつの側面として「淡々と」こなしていくことが求められます。
現在の勤め先は牧場と実習所であり、職務は事務に管理人、そして牧場作業員です。
本職は管理人(だと思っている)のはずなのですが、それに牧場職員のみをくっつけるはずが事務仕事までもくっついてきちゃったという。2足ならぬ3足のわらじですから、何が何だか、モォ~というところです(牛がいるので、鳴き声はかけてみました)。
喜怒哀楽も必要なのですが、やるべきことを順調にこなしてくことも大切です。
そこに疲れなどが生じますといらぬ考えをしてしまうのは人間の常であるのですが、そこに惑わされることなく、本来の目的を達成していかなくてはなりません。
しかし現代は、この積み重ねや、淡々とこなすというのがどうやら苦手な分野になってきているようです。そして個人的には「ダサい」時代になってきたのかもしれません。
よく思うのですが、文明は発達していたとしても、何もかもが「一瞬で」という時代にはほど遠いです。ちょっと調べればすぐわかるだろ!という事態にも、これがなかなかうまくいきません。進んでいるようで実は昔とたいして変わっていないのが現状です。
かといってそれには視線を向けようとしません。相変わらず「一瞬」という幻想を抱いているようです。それだから、楽して稼ぐといった内容をはじめとしたなかば現実的・そして非現実的な手法が相変わらず注目を集め、支持されていくのです。中には犯罪レベルのものもありますけど・・・
新しい職場に就職してみますと、いいバランスで現実的・非現実的な印象が刷新されていっています。とにかくもう絶妙なのです、口のいいことは言わないです。その代わり無常なほどの厳しさはあります。優しくもあり、厳しくもある。それはつまり特別扱いを「一切」しないということです。特別扱いされるまでのメソッドなるものもどうやらあるようですが、それは大いなる存在からしてみると、単なる「逃げ」の口実でしかないのかもしれません。
「楽な方途は一切ない」
そんな訓示を受けている毎日です。
今日の北海道八雲町は風があり、雨も強かった時間帯がありました。
かといって晴れ間が射したり、はてまた雨が降ったりと忙しい天気でした。
しかし、この天候が春を促進させています。
水を多く含んではいるものの、緑が顔を出してきました。
昨日は町内2か所で野火があったとか。しかし大事にはならなかったようです。
春を待つひとがいます。
春に期待している人がいます。
春に合わせようとしている人がいます。
春に姿勢を変えんとする人がいます。
誰かに後ろ指を指されるような人であっても
違う一歩で違う道を歩むことが出来ます。
そこから少しずつ積み重ね、淡々とこなしていったならば
後ろ指を指していたことなど、とうに忘れ去られるのではないでしょうか。
ぼくは八雲町の人に嫌われていたと思います。
理由は、いろいろですね 笑。
役場の人からも嫌われていたでしょうし、町民からも冷たい視線を実際に浴びていました。その町内会からは出ていくことになりましたが。
見返したいという気持ちもささやかながらありますが、まずはそんな小さなことを目標にせず、この山で逞しく生きていくことに集中し、ごく一部であっても「必要な人」になるべく、淡々と毎日をこなしていきたいと思います。