つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

山の天気=人のこころ(気持ち)

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市街地から離れた、郊外と言いますか田舎と言えばいいのでしょうか、そのような場所に住んで実感したことは、分単位で天気が目まぐるしく変わることでした。

 

 最近の天気はと言いますと

 

強風⇒雨からの雪⇒晴れ⇒雨⇒雷のち強風⇒雪

 

という流れになっています。

 

 

住んでいる地域は海抜60m近くのところにあるため、山側の影響を受ける模様です。

よく「山背(やませ)」という言葉を聞きますが、どうやらそれは山から吹く風、ということだけはわかってきました。ただその山背もいろんな方向から吹いてきますので、どこからの風が仕事に当てはめるとちょうどよいのかはまだまだわかりません。

 

 

これだけ目まぐるしい天気と世相を見ていますと、なんだか似たり寄ったりだなぁと思いました。特に今年は。饒舌に話していた人が途端に無口になり、語気を強めていた人が舞台から姿を消す。色んな表現で揶揄されていますが、何か心に笑い、心に泣いた1年ではなかったかと思うほどです。

 

かく言う自身もその一人で、激高したこともあれば号泣したこともあります。今年はその波の繰り返しでした。感情のままにこのブログに文章を書き、後日指摘されたことも何度かあります。人の事よりまず自分のことなのですが、どうもやはり他人の所作が気になるようです 汗。

 

 

よく「女心と秋の空」という表現で、人の気持ち(または心)は移り変わりやすいことを教えられてきました(ある意味今も)が、昨今では性別に関係がなくなってきています。また年代の枠もなくなってきたように思います。それは思慮が浅くなったのか、感情を統制できない病なのかはわかりませんが、社会はどうにもよくない方向へ進んでいるような気がしてなりません。世界の問題も大事ですが、自身の見えない部分の問題も大事だと思わなくてはならないようです。

 

 

天気も心も(気持ち)も移り変わる。

それはひょっとすると、「揺れる」という表現にもなるのかなと思いました。

現代社会はいろんな提案などで「揺れる」場面が多くなったように思います。

揺れながらも決めた選択に対して、真正面から対峙できるよう、努力したいなと思いました。