地元の本屋さん(ゲオだけど)で購入した文庫本です。
地方に移住してからというものの、やはりクマ関連の本(ジャンル問わず)には目がいってしまいます。
今回はコチラの作品を読みました。
光る牙 吉村龍一:著 講談社文庫 個人蔵
第16回大藪晴彦賞候補作品
帯に「羆(ヒグマ)」とあるように、舞台は北海道になります。
展開はどの作品にもあるような感じなのですが、下山しない登山者(この作品の場合はカメラマン)の捜索のために現場を管理する人(今回は森林保護管)が山へ入ります。
山中で見た光景は登山者の遺体。そして羆の姿。
そこから広がる世界は、無限に広がります。
作者は元自衛官ということで、違った視点から山、そして羆の恐ろしさを上手に描写しています。
個人的に印象に残ったことは装備品の記述で、羆に対する畏れ(恐れ)がありながらも、どうにかしてモノ(要するに収入)にしたいという人間の欲深さを滲ませています。本作品では羆との戦闘シーンの描写も、誰かが羆に命を奪われる描写も含まれています。毎度思いますが、緊張しながら読んでしまいます。「この作者は羆と対峙したことがあるのだろうか」と。
羆の習性もそうですし、山での行動原理にも触れており、決してページ数は多くはないものの、十分すぎるほどの情報量を与えてくれる作品になっています。環境保護や動物愛護も叫ばれている現代ですが、この事実を前にわたしたちは何を叫ぶのか、考えさせられる作品でした。
ちょうどこの本を読んでいるときですが、テレビ放送で予告のCMが流れていました。
https://www.hbc.co.jp/tv/kuma_democracy/
札幌市南区の羆騒動が記憶に新しいですが、こちらは島牧村というところで起きたことを特集したものです。
札幌市南区の時には最終的に駆除になったことを受け、多数の反対・賛成意見が札幌市に寄せられたそうです。これに反発する北海道民の声もSNS上には上がっていたことを記憶しています。
何が正しいことなのかは別にして、言えることは結局その人が言うことが「正しい」ことなのだと説得(もしくは抑圧)させたいのだと思います。環境や動物のことはいつの間にか二の次になる感情の激化があるのではないかと。双方の大切さは行政だってわからないわけではありません。「しかし」、人間も大切であり、結果として「命を落とす事案」が出てしまっては、もうどうしようもないと思っていると思います。
これは羆に限らずですが、動物は「食べ物がある場所」に現れます。
それは山との境界近くにある住宅地もそうですし、本当の街中にも表れます。
境界線は、あるようでないのが実際だと思います。あとはモラル・ルールですね。
そこを遵守していかないと、動物はどんどん、人間の生活圏内に入ってきます。
それを「どうにかしろ」と一方的に言うのは、現実離れという印象しか持ちません。
「どうにかしろ」よりも、「どうにかしてみよう」の方が、求心力はあるように思います。
結論の出ないことなので書いていても落ち着くことはないのですが、こういったテーマはどこかで必ず出てきます。それは熊のいない地方にとっても同様です。そして今後は、都心部にも及ぶでしょう。声を上げている人の居住地がもし、そういった動物による影響が「まったくない」ところだったとしたら、これからの数年で状況は一変し、声を上げるどころではなくなるでしょう。そうなってはじめて、この問題の向き合い方が調整されるような気がしています。
以上、山の麓に住んでいる住人の読書感想文でした。