砂川市にあるいわた書店さんにて「自」選書した中の一冊になります。
当時この本はあちこちの書店で見かけました。装丁も興味を惹かれるデザインになっています。
虹いろ図書館のへびおとこ 櫻井とりお:著 河出書房新社 個人蔵
北海道砂川市 いわた書店にて購入(自選書)
図書館には「ぜんぶ」があった
導入の部分で、主人公はある日突然世間一般でいうところの「いじめ」に遭います。
しかし不思議なところがあって、本人がさほど深刻に受け止めていないように思えること。そのまま不登校状態になってしまうのですが、不思議に思うのが
「学校に行きたくない」ではなく
「学校に行ける状況じゃない」という考えからというのが意外でした。
主人公はどうやって時間を潰そうか?と考えを巡らせます。
行きついた場所が図書館だったのですが、そこは当初の「思い込み」とは大きく違った人たちと、主人公を支える世界が存在していました。
この図書館は、実際に彼女の存在を認め続けます。
その行為は大変尊いものです。
図書館ならではの立ち位置をうまく表現して主人公を「守る」ことや、主人公を一人の人間として平等に扱うことが、主人公を生き生きとさせていきます。
主人公が図書館に通うことは日課になり、そこからつながっていく人間関係は、学校で繰り広げられる陳腐なものとは似ても似つかないものになっていきます。
世知辛い世相を反映させている秀逸な描写
多少のネタばれになってしまいますが、作中で主人公をいじめる主犯格となった児童の親が、図書館員(司書)に詰め寄る場面があります。
それは希望の図書がなかったためで、書棚ではなく書庫から違うバージョンのものを引っ張り出して手渡したのですが、その親は書棚にある本でなければだめだ、との主張を繰り返し、管理体制の不手際を攻め立てます。
しかし実際はその親の子が「先に」該当の図書を手に取っていたと判明するのですが、その親は先の責任を追及する声を引き下げず、「謝罪することもせず」、その場を去りいます。
この場面を読んでいて、誰しもが持つ感情であり、
「税金を払う側の人間はそんなに偉いのか?」
と思わせるシーンでした。
その背景としては、その税金が「自分のため(だけ)に適切に使われていない」ことなのだと推測します。仮として、その希望通りにしますと、いわゆるお役所は仕事が滞ります。それは「民間の企業」にも通じるような気がしてなりません。お役所を目の敵にする人は実際におり、僕が地域おこし協力隊(所属は町職員)であった時にも、そのような対応をする人が町内会に実際にいました。それが何の意味を為すのかはわかりませんが、間違ってもその町内会の範囲には住みたくないと思いました。駅前のいい場所なんですけどね。
そしてこれはWebの世界でも同様にあります。
例を挙げていたらきりがありませんので、割愛します。
あなたの味方は、いる。
帯の裏に書いていたことを抜粋しました。
このお話ですが、学校で孤立した主人公が図書館に逃げ込み、そこで味方を得て、おかしなことに立ち向かい、おどおどしながらも社会復帰を目指す、という流れになっています。
最初からドキドキさせられる内容でしたし、読んでいて拳も強く握りました。
そして大きな味方が判明したとき、大いなる感動が打ち寄せました。
文章はとても読みやすく、大人だけではなく、是非学生にも読んでもらいたいです。
今では現実世界ではなく、webの世界でこそ味方がいる、という人も少なくありません。
それはそれでいいことなのですが、望むべくは自分の近所での味方を見つけてほしい。
それは何となく、生きるためのエネルギーになると思うのです。
ぼくはなんとかここまで生き延びることが出来ました。
どうか今現在、行き場に悩んでいる人たちも、生き延びて欲しいと願います。