【詩】スルーだとわかりたくない
どうして
今は既読という機能があるのだろう
相手がこの文章を読みましたというのは
必要なのだろうか
メールのときにはそれがなかったけど
そのときは何も不都合はなかった
メール以外の連絡手段になったら
いきなり既読機能がついてきた
それは何を意味するんだろう
役所に書類を提出したときの「受付しました」的なものだろうか
なんだかとてもむずかゆい
既読という機能は何かを創造するとは限らない
既読だからといって相手の返信が来るわけではない
余裕で相手はその話をなかったことにする
意図的に相手はかみ合わない話をしてくる
相手は既にその文章を読んでいますということを教えてくれることに幸せはあるの?
そんなものがなくても返事が来たら嬉しいし
返事がなくてもそんなもんだと思えばいい
わざわざ既読だなんて教えてくれなくてもいい
ただぼくは
ぼくのことばが届けばそれでいい