年末も年末なので、各所の掃除やら買い出しで何とか動いています。
今年の6月でこれまでの仕事を辞め、違う町へと移住し、新生活を始めました。
若いころであればそれなりにはつらつと・・・というところなのですが、さすがにこの年齢だと、そこまでフットワークが軽くはなく、ひっそりという感じでした。
仕事を辞めて思うのは、決める前の心情と、決めたあとの心情ではかなり大きな差があるということ。
辞めると決めていても、その後の展開がわかっていても、実際の環境からくる余波というのはそのすべてを理解できるわけではありません。
だからこその決めたあと、なのです。予想外の楽しみや苦しみ、背負うものなど、事前の考えでは至らなかったものごとが出てきます。ぼくの場合、心身がそれなりに消耗してからの退職であったため、夏が終わる頃までの間は、何も手につきませんでした。あれだけせっせと開いていたPCやスマホも、開く頻度が激減~まったく開かずに1日が終わる状況でした。
そのときを振り返ると、ひとつの放心状態、または無気力、絶望。
鼻で笑われること必至なのですが、いろんな波を実感していました。
自分で決めて動いたこととはわかっていつつも、いざ動いたら結構きつかったという感じです。
夏の終わりころにはある程度動くことができるようになり、家事や諸々の手続きを行えるようになりました。引っ越し荷物の片付けも、山をひとつひとつ崩しては、ごみと収納物に変えていきました。しかしそれでも、1日の中では動くことが十分にできない時間帯が生まれてしまいます。体力と気力の低下からくるものなのですが、それはまぁしょうがないよねということにして過ごしていました。
そんなこんなで少し生活にも慣れてきたので、数年前から積読になっていた本や雑誌類を読み進めています。
働いていたときも本は読んでいたのですが、雑誌で本の特集をしたときなど、読んでみたい本をリストアップしては買い求めてというのを毎月行っていました。そうしましたら、読むスピードよりも積みあがっていくスピードのほうが上で(笑)、100サイズ段ボール5箱近い量にまで膨れ上がっていました。いまはこの本を読み進めています。こちらに引っ越してからは50冊~100冊未満で読めているかな。多ジャンルですが、読書に充てる時間が確保できたのは、決めたあとの中にあるものではよいことのひとつでした。
まだまだ体と心は満足に動きませんが、本日もこれから掃除です。掃除の後は買い出し。明日は極力外出せず、新居での大晦日を味わいたいと考えています。