仕事をしていると不思議なもので
忙しくしているときほどいろんなことがやってきて
そうでもない時には大して何も起きない
なんでこーなるのっていうあるあるを何度も経験している
朝から頭痛が止まない
こんなん嫌だ
昨日ですが、タイトルにもあるとおり
「一万円選書」
なるものに応募いたしました。
このような試みを行っている書店さんが、北海道にあります。
北海道砂川市にある「いわた書店」さんです。
URL
http://iwatasyoten.my.coocan.jp/
この取り組みはつい最近知ったのですが、実は全国区のテレビ番組でも取り上げられたようで、かなりの人気があるようです。
この一万円選書の2019年度の募集が昨日始まりましたので、応募してみました。
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先日、絶不調時に足を引っかけて故障させてしまった家電。
(スイッチを入れてもうんともすんともいわなくなりました)
その後稼働確認はしていなかったのですが、メンタルが底辺にあったぼくは真剣に買い替えを考えていました。
そのことを家人に話すと「そこまでする必要なし」とバッサリ。
重宝していたアイテムなだけにがっくし感が半端ないのですが、我が家の財務省(昔でいうところの大蔵省・・・ってもわからんか)がそのような裁定をくだしましたので、買い替えはしないことになりました。
だったら。
ひょっとしたら素人修理で直るかもしれないという根拠のない希望を持ちつつ、故障した機械を解体することにしたのです。
ばらばらにしてしまいました・・・大汗
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どんな手段であれ
言わないよりは言ったほうがいいと思うことがある
そう判断するのは難しいけれど
大概は自分の気持ちが勝ってしまう
相手の反応など考えずに
結果距離を置かれ 嫌われることも少なくない
やはり 嫌われたくない という感情は持ってしまう
だってそうでしょ
もう二度とこちらを見てくれないのだから
そうだとわかっているはずなのに
どうしても言葉を紡いでしまう
その背中には後悔の大きさがあるから
その言葉を聞いて相手がどう思っているかよりも
自分でどう納得しているかという部分にフォーカスしてしまうと
どうしても自己満足目的なんだなと自虐的になる
本当だったら 意思疎通が出来ればいいのだけれど
もう あの人と話すことが叶わないのかなと思うと
哀しくてやりきれない
けど それを選んだのは他ならぬ自分自身
どこかでそれを覆すことをするまでは
そうやって馬鹿をやって
ひとりただ 思索を重ねていくだけ
いちばん身近に見たいはずの顔が
どうしても遠くに映し出されてしまう
何度も何度も頼んだけど
どうしてこう ぼやけてしまうんだろう
記録には残らず
記憶でしか残すことが出来ない
でもこの時間が終わった途端に
違う顔へ向ける姿がとても近くに映し出された
これほど辛いものはない
一体 何だったのだろうと
笑顔を交わしていた間柄だったはずなのに
どうしていつも遠くにいたんだろう
その一線がとても憎い
それはすべて自分の所為なのだということはわかっている
それでも笑ってくれていたことをありがたいと思わないと
映っている時間が終わってしまったから余計に後悔するけれど
今ではかんたんに残すことが出来るのに
その距離は縮まることはついになかった
文明の利器も
一線を取り払うことは出来なかった
仕事をしていますと、多岐に渡る物事を依頼されます。
それは自然な流れだとも言えますし、そうでないとも言えます。
これを最初は喜んでこなしますが、途中から苦痛に変わっていく。
わたしたち人間特有の感覚の様に思います。
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