つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

令和6年3月の読書感想文⑰ 狭小邸宅 新庄耕(しんじょうこう):著 集英社文庫

ブラックな仕事小説かと思いきや、という作品です。面白かった。

 

狭小邸宅 新庄耕(しんじょうこう):著 集英社文庫 個人蔵

 

 

主人公は不動産屋に勤める営業。

 

成績は芳しくなく、生活も荒れていきます。

 

プレッシャー等もあり、まさしくブラックな職場。

 

このまま潰れていくのを読みながら見ていくのかな。と思っていました。

 

しかし、転機が訪れます。いや、転機をつかみ取ります。

 

「辞めてしまえ」と何度も言われ、戦力外通告のような異動辞令も出て万事休すという状態であったのが、最後の最後で成績を残します。そして、これが最後ではなくなり、何かを掴んだように活動が活発化していく様を、ニュースを見てるような感じで進められていきます。不安を抱えながらも「いけるところまで」を体現していく主人公は、現代においてたくさんいる、もがき苦しんでいる人の代弁者なのかもしれません。

 

しかし、この主人公はヒーローではありません。

順風満帆というわけではないからです。

突き進んだから得たもの、そして手から離れていったものがあります。

その悲哀をしっかりと噛みしめて欲しいと思います。

令和6年3月の読書感想文⑯ 人を喜ばせるということ 小山薫堂:著 中公新書ラクレ

純粋に興味を引いたタイトルです。どういうことなんだろう。

 

人を喜ばせるということ 小山薫堂:著 中公新書ラクレ 個人蔵

 

 

小山さんが行ってきた「人を喜ばせる」行為は、サプライズです。

日本はあまりみない光景だと思います。

しかし小山さんは徹底してサプライズを行ってきました。本書はその一端を著したものになります。

 

サプライズを受けた側の反応は様々です。小山さんはサプライズをする人だとわかっていても、やっぱり受けてしまう。その構図がなんとなくいいなと思いましたし、そういった心遣いが日本的でよいなと思ったのです。方法は昔とまったくことなるでしょうが、相手を喜ばせるのが自分の喜びといった主張は、以前の日本にはよくあったように思います。今では相手を喜ばせるにも裏がありそうで怖くなるくらい。そんな純粋になる出来事が少なくなってしまったのが、少し悲しいです。

 

この気持ちを忘れなければ、この気持ちを持ち続けていれば、人として外れることはないかもなと思える、お守りのような一冊でした。

令和6年3月の読書感想文⑮ サード・キッチン 白尾悠(しらおはるか):著 河出文庫

ブレイディみかこさんの本が好きな人には向いている、考えさせられるお話です。

 

サード・キッチン 白尾悠(しらおはるか):著 河出文庫 個人蔵

 

この本を読もうと思った経緯は忘れてしまったのですが、読んでみて、なるほど、そういうことかと得心が行きました。

 

マイノリティ。

 

いま世間では、この言葉が飛び交っています。

それが正しい使われ方をされているのか、ぼくにはわかりません。

ただ、僕なりの方法でわかっていかなくちゃならないなと思っています。

そんなことから、この本を手にしたのだと思います。

 

アメリカに留学した主人公は、マイノリティが集う学生食堂「サード・キッチン」に招かれます。そこに呼ばれるというのもアメリカらしいなぁと思う反面、学生の世界はマイノリティよりも差別や偏見が根底に蔓延っていることを痛感します。多感な時期だからこそなのでしょうか、考えやプライドを主張する声は強く、相手が委縮するほどです。その中でマイノリティはどのような立ち位置を獲得していくのか、どのように支え合っていくのかを学ぶ作品だと感じました。

 

地方に来れば来るほど、マイノリティは見えづらくなります。

逆に、隠れた差別や偏見はあるかもしれません。

都会だからこそ、地方だからこそという理由はないように思えるかもしれませんが、このような話題を得意げに話す人は、ひょっとしたらそれらの上に立ちたいだけの人ではないか、という気がしています。

 

この本は、時期をおいて繰り返し読みたい本です。理解を進めるためには、何回も読んでいく必要を感じた、バイブルだと思います。

令和6年3月の読書感想文⑭ 声の在りか 寺地はるな:著 角川書店

読後に思ったことは、この本のタイトルをつけたことが凄いと感じました。

 

声の在りか 寺地はるな:著 角川書店 個人蔵

 

 

いわゆる「学童」が物語の舞台ですが、そこを利用するこどもたちには様々な事情が隠れています。それはこども自身の問題であったり、親の問題、子の周りの問題など様々です。ぼくがこどもの頃よりも、現代がもっと大変だろうなと想像がつきます。子や親、その周りにいる人たちとの対応や対話を見ていくと、「その声はどこからきているのだろう」と思うことがあります。反面、誰かの声を置き去りに、つまりは無視を決め込んだりする現実もあります。

 

声の在りか、とは、よくぞ言ったという感じがしました。

 

抽象的ですが、その声が在るところが、人と接するうえでの心構えといった、大事なものが置かれているポイントのような気がします。しかしながら現代はそれを無視する人が多いです。なぜなら自分を優位に見せることしか考えていないからです。転落すれば一気に底辺です。その恐怖を知ってか知らずか、今にすがりつく姿が悲しく見えます。

 

その声を求めて奮闘する姿を、どうか感じてください。

令和6年3月の読書感想文⑬ 無駄花 中真大(なかまさひろ):著 講談社

ダークな、というほどではないのですが、底辺を底辺と感じさせないいっぽうで、無常さを感じさせる独特の味わいを持たせた作品でした。

 

無駄花 中真大(なかまさひろ):著 講談社 個人蔵

 

 

第14回小説現代長編新人賞 奨励賞受賞作品です。

しかしながら作品の中身は奨励どころか、転げ落ちるとはまた違った下り坂を降りていく様を描き、そのしがらみを仕方ないと受け容れているような、一方で計算し、そのとおりになることを望んでいるような、様々な顔を覗かせる作品です。

 

巻末に、この作品は永山則夫無知の涙」に多くの着想を抱いたとのこと。

永山則夫は死刑囚で、収監されてから執筆をはじめたと聞いています。

その環境を逆手にとったような主人公の生きざまは、哀れというか、残念というか、とにかく「どうしてそうなるんだよ」としか言えないのです。もっと手前でどうにかなったであろうと思えるのに、その選択肢を取らなかったのは、大いなる怠けがあったのではと思います。それは人間誰しもが抱えている闇であり、罠です。その罠をも受け容れた主人公の人生を、どうか読んで欲しいと思います。

令和6年3月の読書感想文⑫ 女性ジャズミュージシャンの社会学 マリー・ビュスカート:著 中條千晴:訳 青土社

なかなか難しい感じの本です。ただタイトルにジャズという文字があったので、読んでみようと思いました。

 

女性ジャズミュージシャンの社会学 マリー・ビュスカート:著 

中條千晴:訳 青土社 個人蔵

 

原書の刊行はかなり前ですが、日本での刊行はつい最近。いま注目を集めている諸問題という予備知識があるからこそ、この本は読めるのではないでしょうか。

 

才能や技術があれば、ジャズの世界でも男女の違いなんてと思っていたのですが、本書を読むとどうやら暗雲が立ち込めてきます。ジャズという音楽を演奏するひとたちにおいても、何かを蔑むという行動は附属されてしまうようです。それは悲しみの連鎖に他ならないと思うのですが、そこには穿った「伝統を守ろうとする行為」にも思えます。ジャズは音楽でありますが、与えた影響は社会学やそのほかの分野にも伝播します。人種問題もあるでしょうし、文化の問題でもあります。そこを理解していかない限りは、戦争や紛争同様、このような問題も解決の道筋はたちません。平和や平等や権利を唱えている人たちの内心にも、このような考えや感情はあるべきと考えるほうが自然です。

 

社会学は解決のための学問です。もしくは解きほぐすための学問です。

ジャズはもう、壁はないように思えます。完全になくなったといえる状況を待ち望みたいと思います。

令和6年3月の読書感想文⑪ オルガスマシン イアン・ワトスン:著 大島豊:訳 竹書房文庫

欧州や米国ではその内容の過激さから出版を断られたといういわくつきの小説です。

 

オルガスマシン イアン・ワトスン:著 大島豊:訳 竹書房文庫 個人蔵

 

 

この世界の主人公は「カスタムメイド・ガール」という、男たちの妄想と欲望を反映させたアンドロイドのような存在が主人公です。その妄想と欲望はこのガールたちの容姿を変えていき、商売のための道具と変えられていきます。しかしながらその中でも「自我」もしくは「思考」を持つガールがこの状況に疑問を持ちます。いくつかの局面や対峙を経て、何かを変えるために立ち上がる、という流れのお話になります。

 

物語のほとんどは、このカスタムメイド・ガールたちが弄ばれる様子を描いているため、核心にまで届くころには読み疲れているかもしれません。しかしながら失い続けていくものを得ていたのは作中のガールたちであり、それは現代の何かに通じます。そこから立ち上がっていく姿を何に重ね合わせたらよいのか、わたしたちは模索すると思います。それくらい、現代も非情な世界だと思っています。

 

 

決して映像化はされない作品だと思いますが、こういった考えの作品があるからこそ、均衡を保とうとする世間の動きがあるのではないかと、考えます。

令和6年3月の読書感想文⑩ A New Path for BiSH Members. ㈱SW:発行

BiSH解散後のインタビュー集となります。

 

A New Path for BiSH Members. ㈱SW:発行 個人蔵

 

 

文章だけではなく、グラビアも織り交ぜての刊行となりました。当時まだBiSH関連の様々なアカウントが動いていた頃に告知がなされ、即買ったことを憶えています。

 

解散後のことば、ということもあり、清掃員はみな、それぞれのメンバーから語られることばを待っていた、または気にしていたと思います。そこにはかつてBiSHだった、そしてどこかでまだBiSHである彼女たちの、人間としてのことばが綴られていました。そこから見える世界はやはり想像を超えるもので、いまの自分の仕事など比にならないくらいの忙しさだったのだと思います。

 

海産が決まってからの行動は、何かが更にひとつ加わったような感覚がありました。それが解散までの期間をより精密に、そして美術的に仕上げていったのではと思います。現在はメンバーそれぞれが活動を展開し、定着しています。ひょっとするとBiSH時代よりも追いかけるのが難しくなっているかもしれません。そのときの勢いと情熱は下火になりましたが、彼女たちが全員集まらなくても、それぞれの場所で頑張っていてくれるなら、自分も頑張らなくちゃと思える内容となっていました。

 

改めて読み返せば、彼女たちの心情への理解が深まると思った一冊でした。