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とみーのグラウンディング日記

ガラクタ整理・オラクルカード・木育の展開を行う「M's Cleaer(エムズ クリアラー)」として過ごす、とみさわゆうじの日常を綴ります。

整理棚からひとつかみ。 ジャズ編 その40

JAZZ ワールドミュージック

 

The Rainbow Colored Lotus -A Big Hand For HANSHIN-

 

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POCP-7070/1

 

 

DISC 1

1.Keith Jarrett -Paint My Heart Red-
2.Ralph Towner,GaryPeacock -Nardls-
3.Charles Lloyd,Bobo Stenson,Anders Jormin,Billy Hart -Little Peace-
4.小曽根真 -No More Blues-
5.Richi Beirach,Dave Holland,Jack DeJohnette -Alone Together-
6.Miroslav Vitous -Forthcoming-
7.Pat Metheny,Dave Holland,Roy Haynes -Change Of Heart-
8.Oscar Deric Brown -Dance Of The Broken Doll-
9.藤原清登,Allen Won,Thomas Chapin,Peter Madsen,福家俊介 -Boy And Beauty-
10.坂本龍一 -Sweet Revenge-

 

 

DISC 2

1.Symbios -Mbatu Mbatu-
2.Toninho Horta,城戸夕果 -From Tom To Tom-
3.サリー小栗 -I Fall In Love Too Easily-
4.Kiala Nzavotunga -Mbanza Mpuena-
5.Wayquay -Navigate(Set Your Course)-
6.Herbie Hancock -Juju-
7.セイゲン・オノ,Eugenio Dale,続木力 -Pesson Quese Certa-
8.NPRICO -An Illusion In The Sand-
9.Kalapana -Naturally-
10.Jupiter Project feat.Bingoboys -Nature's Calling '95-
11.西村直記 -天地嘆かう(阪神大震災受難者追悼)-

 

 


-International Musician's Fund For The Great Hanshin Earthquake-

 

 


阪神・淡路大震災基金のためのベネフィットCD(企画盤)。
東日本大震災でも同様の企画CDが出されており、これはその前身にあたります。
中身は本当に国際色豊かで、全世界からのあたたかいハートが伝わってきます。

こういったベネフィットCD(売り上げの寄付を目的としたもの)は、奇しくも東日本大震災でも発行されることになります。

 

 

きょうで、阪神淡路大震災から22年の時間が経過しました。

早朝に起きた悲劇・惨劇は、テレビの画面を通して見ていたひとを凍りつかせたと思います。

その後、さまざまな対策が為されていますが、必ずしも万全な対策とまではいっていないようです。

 

自然に対して、人は無力なのか。

 

この問いに対して、そうだとも言えますし、そうではないとも言えます。

自然災害は、起きてしまった以上はその活動の収縮を自然に任せるしかありませんが、その間でも何か出来ることはあります。結果「減災」という造語が生まれるほどの意識の高まりを見せます。

 

しかし何よりも忘れてはならないのは、わたしたちが常に「災い」を意識しておくこと。

かといって根拠のないうわさに流されてしまってはいけないのですが、いつ何時、何かが起こったとしても、必要な行動を取ることができる、または必要な物資を定期的に循環させながら蓄えることができるなど、日ごろの習慣化が重要になってきます。

 

先人は、ことわざや伝承などで自然災害の脅威というものを伝えてきてくれました。

それを活かし、生かすためにどうするかは、いま生きているわたしたち次第だと思います。

親の老いに無防備だったぼくは、その状況に直面したらチキンになってしまいました。

日記

3が日が過ぎたころ、親族に急病人が出てしまいました。

 

 

 

親族とは、母です。

 

週末に兄から電話が来て、ひとまず検査入院することになったと告げられました。

 

 

 

 

 

状況を聴くと、耳が聞こえづらい症状が断続的に続いていたとのこと。

それまでは寝れば治ったりするなど、気に留めるほどではない程度のものだったとのことでしたが、症状が改善せず、急きょ外来を受診することになったそうです。

夜が明けて朝一番で受診しに向かったのですが、外来の待合室で待機していたところ、移動の際に車内が悪路で揺らされたらしく、そのまま具合が悪くなり、入院の運びになったとのことでした。

 

 

 

この報せを聞いて、ぼくは自分が思っている以上に事を深刻に受け止めてしまっていたようでした。このような表現をするのは、過ぎた日を客観的に思い返した際に感じた、率直な印象です。

 

 

 

実際、その報せを受け取った夜は、満足に眠ることが出来ませんでした。

 

症状としては「難聴」に酷似したものなので、内科的なものではなく、緊急手術といった急展開にはならないのですが、ぼくは「入院」という単語を聞いただけで、何かの呪いというか、呪縛のようなものに捕まってしまったようでした。

 

 

 

 

 

 

どうしたらいいのか、わからない。

 

 

これが、この夜に感じていたことでした。

 

 

 

 

 

翌日。

 

母が入院している病院へ見舞いに。

 

 

 

 

 

 

病院のベッドに横たわる母を見たのは、これが初めてでした。

その姿を見た瞬間、からだ全体がきつく締め付けられました。

 

 

 

 

なぜ、そう思ったのだろうか。

 

 

そこに「老い」、そしてその先にある「死」を連想したからでした。

 

 

 

 

それも、今となってはおかしいこと。

 

それまで、親の「老い」は意識してこなかったのか?

 

 

 

いや、意識していたはずなのです。

それなのに、加齢による衰え、そして老いを見てしまうと、こんなにも胸騒ぎがする。

 

 

 

ぼくは、親がいつまでも「いる」ものと思っていたのだろうか。

 

そんなことはありえない。ありえないと思いつつも、真剣に考えてこなかった「浅はかさ」を今更ながらに痛感し、恥じました。

 

 

 

この複雑な心境を、どのように書いていけばいいでしょうか。

無論、表現したとしても、それはイコール、己の「甘さ」を露呈することにしかなりません。しかし、その甘さがあってこそ、学び、省み、整えることができるのではないだろうか。

 

幸い今回は、急病にかかったという状況下ではありませんでした。ただやっかいな症状ではあるため、自分自身の今後の方針をしっかりと考え、行動していかなくてはならないことを痛感しました。

 

 

 

そんな話を、見舞いを終えて帰宅した後に家人と話しました。

気持ちはもう、フルボッコです。

そして、思いがけず自分は「チキン」だと、思い知らされました。

何も覚悟が出来ていない。

ただ怯えているだけ。

ただ打ちひしがれているだけ。

 

そう感じたのです。

 

 

 

 

これからどうするかは、今回の件でかなり明確に見えてきました。

すぐに展開できるものではありませんが、これまでとは違った力強さを加えた足取りを、この先はすることが出来るのかなと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、体調が回復したため退院した母ですが、数日して再度入院となりました。

 

状況を確かめるために、本来は週末実家へ行く予定でしたが、まさかの再入院(汗)

前回ほどの焦りはありませんでした。そうならないように努めたつもりです。

どうやら最初の入院時、治療計画は出ていたものの、治療を行う前に体調が戻ったようなのでそのまま退院したそうです。そのため再度同じような症状が出てきてしまったため、一度しっかりと治療しましょうということになりました。

 

 

 

なんだよ・・・前回治療してないのかよ・・・(笑)(汗)

 

 

 

 

そんなことで今週またお見舞いに行くことになってしまいましたが、これも何かの機会だと捉え、大事なことを見過ごすことのないように気をつけていきます。そのように心がけ、自身の生活に反映させていきたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

きょうまでに読んだ本

 

みる 文:谷川俊太郎 絵:髙橋常政 復刊ドットコム ※絵本 (12)

しらない町 鏑木蓮 早川書房 (13)

仏典をよむ 死からはじまる仏教史 末木文美士 新潮文庫 (14)

ブッダの真理のことば(ダンマパダ) 感興のことば(ウダーナヴァルガ) 中村元:訳 ワイド版 岩波文庫 (15)

スウィング! 横沢彰:作 五十嵐大介:絵 童心社 (16)

多読の中間報告です。 その3

日記 枠をはずす

昨年10月から始めている「多読」

 

 

 

 

 

新しい年を迎えても継続中です。

 

きょうでおよそ3か月。ペースは変動がありますが、変わらず続けています。

 

 

 

ぼくの多読の仕方は1冊を一気に、読めるだけ読むというのではなく、100ページとか50ページとかで一度区切りをつけ、他の本を手に取って同じように読み進めていくという方式です。

 

こうしていくと「飽きが来ない」という実感を得ることができますが、反面、小難しい本はその余韻が残ります(笑)。いまは少し慣れてきましたが、例えば読むのが苦手なジャンルに関しては、ページ数の区切りを減らしていくこともいいのだろうなと思っています。

 

元日に、今年は多読でたくさん本を読むと決めました。確か120冊目標だったので、単純計算で月に10冊です。このままのペースでいけば問題ないように感じますが、どこかで「読む欲求」が枯渇するかもしれませんので、なんとも言えません。

 

また、個人的に今年は「古典」を読もうと決めました。月に一冊、何かしらの古典を手にして読んでいこうというものです。そのきっかけは知り合いの大学教授との話にあったのですが、その中で感じた末広がり的な話の展開に面白みを覚え、改めて古典を読もうと思った次第です。

 

※今月はブッダが語ったとされることば(岩波書店)を読んでいます。が、これ古典になるのかな・・・?

 

 

 

 

 

 

前回の中間報告は12月中旬。およそ1ヶ月経過しての報告になりますが、年末年始を挟んでいたこともあり、そんなに多読が進んでいない印象を持っています。また、図書館から借りてくる割合を少し増やしたので、手元に残る「読了した本」の数が目に見えて増えていないという結果になっています。

 

図書館から借りる本のジャンルは様々ですが、なるべく小説を借りるようにしています。

読みたい本も館内にある本を選ぶこともあれば、以前「ダ・ヴィンチ」という雑誌を購読していたときに「読みたい作品リスト」というのを作成し、そこから何冊かピックアップして予約するという方法をとったりしています。現在自宅に小説はさほどないので、ちょっと飽きが来てしまう部分はあります。そのため、促進剤の意味を込めて、読みたかった小説を多読に加えた、ということになります。

 

 

 

前回までは床に積み上げて確認していましたが、今回からダンボール箱に詰めることにしました。果たしてどれくらいの割合を占めていたかというと

 

 

 

 

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現在、ダンボール2箱になっていました。

2箱目も半分以上スペースを使用しているので、3箱目はもうすぐそこまで来ています。

 

 

 

読了した本によっては、付箋を貼っています。

付箋を貼ったところは読んでいて気になった文言があり、それを後々書き留めたいと考えています。自宅に大量にあった付箋はこの多読で底を尽き(汗)、新しくお徳用パックを購入してきました。これが芸の肥やし、いや、自分自身の表現力の糧になるかどうかは未知数ですが、やってみないとわからないし、何より「やる」と決めたので、引き続き多読を進めていきます。あとは付箋でマーキングした箇所の書き取りも行わなければなりません。それも先延ばししてしまうとやる気が失せてしまいますし、ガラクタ整理を生業としている人がそのような体たらくを見せてもなんですので、他のタスクを少し処理してから手をつけようと思います。

 

 

 

 

次回の報告は2月。

完全自己満足というか、修行のような話でしかありませんが、どうぞお楽しみに(笑)!

ぼくはJohn Coltrane(ジョン・コルトレーン)のJazzを聴いて大人になった。

JAZZ ガラクタ整理

 

 

ぼくが「Jazz(ジャズ)」を聴くようになってからおよそ20年。

 

 

 

そもそものきっかけは、テレビのCMで流れていたバラード調の曲でした。

 

その曲をしっかりと聴いてみたいな・・・・と思い、レンタル店に通ったのが懐かしい想い出です。

 

その後知り合いを介してCDショップの店長さん(ジャズ好きでコーナーを設けているほど)の勧めの通りにCDを購入し、聴き込んできました。そのショップは苫小牧市にあったのですが、随分前に閉店してしまいました。ただその品揃えはマニアックそのもので、メジャーなものはもちろんあったのですが、かゆいところに手が届く、いいところを押さえているといったラインナップでした。

 

 

 

それを足掛かりとして、自分自身で裾野を広げていきます。

そして出逢ったのがジョン・コルトレーンでした。

 

 

公式サイト(英語)

John Coltrane - The Official Site

 

 

 

 

 

彼のCDはショップにもレンタルでも多くの作品が並んでいますし、代表曲と言われるものも数多く持っています。リーダーとして活動していた期間はさほど長くはなかったものの、リーダーとして名を馳せる前から評判は上々であり、注目のプレイヤーであったようです。

 

 

 

 

YouTubeから彼の代表曲を紹介してみますと

1965年、ベルギーにて

同曲:スタジオ録音

 

 

名作として名高い「至上の愛」

 

 甘いナンバー。

 

 名門「Blue Note」レーベルからリリースされたアルバム。

 

 

 

といった曲が挙げられます。(これはほんのごく一部)

 

 

 

 

 

そして、珍しい現象とでも言えばいいのでしょうか。実は彼の場合、曲を吹き込む際、演奏中に失敗して止まってしまったテイクなどがそのまま音源として残っている場合が非常に多くあります。それはどのアーティストでもあるわけではなく、所謂「超」がつくほどの実力者に与えられた特権の如く、本人の意思とは関係なく、制作サイドでそのような「補完」の作業が行われてきました。彼のほかに有名なのが「マイルス・デイヴィス」。彼はコルトレーン以上に作品を発表し、また、公式ではない音源(ブートレグと呼ばれる)も数多く存在しています。こういったことはごく僅かなアーティストにしかなく、年月が経つほどに「新事実」が明らかになったりします。

 

 

 

そういった魅力もあり、ぼくはおよそ20年かけて「コルトレーンのジャズ」を聴いてきました。彼のジャズに対する意見や見識は様々あるのでここでは敢えて触れませんが、ぼく個人の感想としては「彼からジャズを教えてもらった」というのが率直な思いです。

 

コルトレーンのプレイスタイルは、かなり変遷しています。それは属していたバンドの音楽に影響されたり、デューク・エリントンなどの御大とプレイする機会を得たりなどして変わっていったことが挙げられますが、後年は「スピリチュアル=宗教」の影響を強く受けていた、もしくは、宗教的な、またはスピリチュアルなメッセージを「音」で表現しようと「挑戦」していたようにも見えます。

 

 

彼の代名詞に「シーツ・オブ・サウンド」があり、そして「フリー・ジャズ」があります。

前者と後者ではその性質はまったく異なり、その変化に周りがついていけなくなるほど。彼の「変貌」ぶりに耐え切れず、長年組んできたバンドメンバーが去るほどの影響を与えました。

 

 

 

 

 

ぼくにとってコルトレーンの作品は「聖域」のようなものであり、または「経典」のような存在でもありました。これまでのガラクタ整理でも決して手放すことはせず、無条件で「殿堂」に入れていたほどでした。

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 「殿堂」の一部。この倍はありましたが既に売却済み。

 

 

それが、昨年のガラクタ整理で、少しずつこの「聖域」に手をつけはじめました。

これまでは勝手に「手をつけるべきではない」と思い込んでいたのです。まさしく、見て見ぬふりをしていたといっても過言ではありませんでした。昨年ある時期に「安定」を感じた際、自分を動かすギアが1段階上がったような感覚を覚えました。そこからの行動のひとつとして、僕が長年聴いていた「ジョン・コルトレーン」のCDという聖域の「ガラクタ整理」を行うことにしたのです。これは決して強引にではなく、とても自然な流れで手が伸びました。棚からモノを出し、眺め、手に取って振り分けていく。これまで頑なにしてこなかったことが、いまあっさりと、簡単にやってのけているのです。その時の心境は、手を動かしつつも心の中、頭の中では「うわ~、とうとう手を出しちゃったよ」「聖域は聖域ではなかった。勝手に決めつけていた」「いざやってみると何の感情も起こらない。いつも通りのガラクタ整理だ。ということは、手に取って正解だったということだ」など、ほんとうにいろんなことを考えていたのでした。

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コルトレーン関連の書籍。

 

 

彼の作品を手放すというのは、昨年の秋ごろから始まっており、既に一部はオークションで売却済みです。そして第2弾を行うにあたり、ストック記事である「整理棚からひとつかみ」も、ジョン・コルトレーンがバンドに加わった作品やリーダーとなっている作品を中心に掲載することになります。こちらの記事は不定期連載で、しかも作品数はそこそこあるので、年内にすべて掲載できるというお約束はできません。ジャズというジャンルに関してはそのようなことから同じアーティストの作品を継続して掲載していくことになりますので、ご了承いただければと思います。

 

 

 

 

彼のジャズから、ことばにはできませんが本当に多くのことを学び、そして教えてもらったという実感があります。それがからだの中にいきているからこそ、手放す準備が出来つつあるのだと感じています。これはCDだけに限らず、本や服、その他のものについても同様です。そこを「見て見ぬふりをする」のではなく、客観的に見て判断していくことが、何より重要です。

 

 

 

 

 

 

多少手放してしまったものの、売却予定の「ジョン・コルトレーン」の作品がまだこんなにあります。この後もう少しの準備を経て、彼らを手放します。

 

 

 

 

 

 

札幌でして欲しい50のこと。[50 things to do in Sapporo]

日記

昨年のこと。

 

 

 

知り合いの大学の先生からこんなパンフレットをいただきました。

 

 

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それは

「50 things to do in Sapporo」。

 

 

海外観光客向けのパンフレットで、意訳すると「札幌でやるべき50のこと」といった意味合いになります。

 

 

 

 

パンフレットは2つあり、それぞれ言語が違いますが、第2弾が出たとのことでそれを見せてくださいました。スポンサーは「タイムアウト」というサイトのようで、世界的にユーザーが多くいる口コミサイトのようです。

 

 

タイムアウトのHP(Webで日本は東京のみ)

 

www.timeout.jp

 

 

 

 

日本へは外国人観光客(インバウンド)の数が年々増えており、当の日本人では気がつかなかったものが、海外の人から見るとても貴重に感じるものも少なく、第3者の目が再評価を促し、マチの宝の再発見にもつながっている事例が数多くあります。

 

札幌といえば何があるか・・・と考えてみたところ、これが意外にも出てこない。

これは札幌に限らず各地方に言えることかもしれませんが、改めて聞かれると何があるのか実はよくわかっていない(汗)ということがあります。

 

我が家も数年に1度くらいは道外からのお客様をお迎えすることがあるので市内を案内することもあるのですが、昨今はガイド本も充実しているので、地元の人よりも知識量は豊富。また時代の流れにも乗っているので、浅はかな知識よりもお金を払って情報を収集したほうがいいという場合もあります。札幌も観光客がたくさん訪れるようになってから、外食産業の充実化や、街並みの再整備などが進んだ印象を持っています。昔から札幌や北海道全域は絶好の観光地と言われてきましたが、インフラが追い付いてきたのはつい最近のことのように感じました。

 

 

 

 

いただいたパンフレットを広げてみると、片面には地図、そしてもう片面には50項目に分かれた「to do」リスト。

 

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第1弾はわかりませんが、第2弾は海外から来た留学生を加えてヒアリングを行ったものらしく、地元の人ではなく第3者との中間に立つ人からの視点で作られたものだそうです。

 

 

 

早速第1弾のリストを見ていくと、

・刺身の舟盛り

・ノースマン(お菓子)

・ラーメン

豊平峡温泉のカレー

中島公園のボート

円山動物園

・みよしの

 

と、結構な割合で飲食店もしくは食べ物が登場。

やはり札幌は、食べ物が魅力的な土地なんですねぇと改めて実感しました。

 

 

 

続いて第2弾のパンフをのぞいてみると

モエレ沼公園

北海道神宮

・ゲストハウス

・北菓楼 札幌本館

・藻岩山展望台

・どんぐりのちくわパン

狸小路市場

・石山緑地

 

など、飲食店以外のスポットが増えています。

 

 

そのほか、リストにはないけど豆知識としていろんなことが紹介されており、市電のループ化といったことにも触れられていました。あとは雪がない時期に提供される「レンタルサイクル」の「ポロクル」も紹介されています。細かいところまで見てくれているのがよくわかります。

 

こういった取り組みの展開は海外からの観光客向けに行われているので普段目にすることはまずありませんが、札幌市全域ではなくても、自分たちが住む土地のことを少しでも知っておくことはいいことではないかと思いました。北海道は本州に比べるとその土地の歴史は浅いです。しかしそれでも100年の歴史はありますので、街の成り立ちや風景の変遷など、何かしらわかることはあります。またはテナントの移り変わりや地域の行事、古くからある社など、通い慣れることで見つかることがあります。観光での潤いはごく一部の影響に留まっています。その範囲を広げ、雇用や活気を生むためには、何かに依存や任せきりになるのではなく、ひとり立つことも重要だと感じました。その機会を生んだり、訪れたときには見て見ぬふりをせず、それを「どーにかしていくこと」前提で考え、良い意味で周りを、そして地域を巻き込んでいくことも大切だよな・・・と勝手ながら考えています。

 

 

 

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 中島公園

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北菓楼 札幌本館

 

 

ぼくもこの土地に住んでもうすぐ5年になろうとしていますが、まだまだわからないこと、歩いていない路地などは意外にもたくさんあります。雪が積もっていても、自転車で爽快に走ることが出来ても、この街をもっと良く知るために、積極的に外に出て、積極的に知る行為を続けていこうと感じました。