つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

「怖さ」をどうしてる?

年末年始の特番をちまちまと消化しているのですが、オフシーズンということもあり、プロ野球関連の特番をここ数年チェックしています。

 

その昔、北海道はジャイアンツだったと思います。

札幌ドームが出来る前のプロ野球の試合は、だいたい北海道神宮に隣接する円山球場で行われていました。そこで行われるプロ公式戦が巨人戦だったのです。

 

チケットも当時は抽選だったはず。マスコミ各社も自前で手に入れるか、チケット代行に依頼して入手していたことを思い出しました。

 

 

 

札幌ドームが出来上がり、北海道を本拠地とするチームが出現します。当時は東京ドームを本拠地としていました日本ハムファイターズです。移転当時の映像をたまに見ることがありますが、そのとき「プロ野球チームが移転してくるんだ~」程度のものでした。

 

それから10年以上のときが流れますと、あら不思議。

 

最早プロ野球なしの生活が考えられない(少し大げさかも)ほどに環境が一変しました。

日本ハムの選手を特集したコーナーや番組など、各局立ち上がっています。

オフシーズンは試合がないものの、そういったレギュラープログラムを視聴することで、日本ハムとつながっている1年を感じることができるようになりました。

 

 

 

現在の監督はご存じ栗山英樹監督。夕張郡栗山町というころ(札幌から車で約1時間)に栗の樹ファームをつくり、またそこで生活をしているという方です。この監督が結構メディアに出ているんじゃないかと思うくらい。話題に事欠かないチームでもあるためか、ときには選手以上に監督のコメントが流れているときがあります。

 

選手もそうなのですが、監督も積極的にメディアに出るようになったのは、ここ10年くらいの話しではないかと思いました。北海道にいるため他のチームのファンサービスはわからないのですが(確かジャイアンツは週刊ジャイアンツという番組を持っていたような)、地元ここまで積極的な球団もそうないのではと勝手に思ってしまいました。

 

 

 

昨年の話しになりますが、ひとりの選手がチームを去りました。

その名は「武田久」。背番号21。現在はドラフト1位で入団しました清宮選手がつけている番号です。

 

武田投手は球団から引退を勧められていたのですが、現役にこだわるため、プロになる前に所属していた企業の野球部に身を置くことにしました。彼らしいなと個人的に思っています。

 

また、歓迎すべき計らいだったのが、ファンフェスティバルにおける彼の退団セレモニーでした。

 

通常、選手のざっくばらんな声というのはヒーローインタビューでは聴くことができません。別にコメントを求めるか、番組に出演してもらうなどするしかない状態。それだけでも貴重なのですが、彼がチームを去るということで特別にこのような場を設けてくれたのは、本当に嬉しい限りでした。

 

個人的に武田投手の最後の姿を見ましたのは一昨年の2軍戦を苫小牧で観戦したとき。

往年のピッチングは見られなかったものの、その勇姿は焼き付いています。

 

 

 

退団時の彼の話の中で、はっとさせられることがありました。

 

「小さな守護神」とさえ言われていた彼の口から出たことばは「怖さ」だったのです。

これにはかなり驚きました。

 

でも、言われてみれば当たり前のことかもしれません。

 

最初から「よし、やってやろうじゃないか」とは、中々気持ちを切り替えることが難しい。

強心臓はある種求められる素質ではありますが、最初から備わっているものではないということ。

 

 

 

この言葉に、気づきを得た感覚を持ちました。

 

まずは「誰もが怖さを抱く」ということ。

そして「怖さを認めながら、怖さにのまれないように動く」ということ。

 

この繰り返しなんじゃないかと。

 

途中、「もういやだ」と想うことはあると思います。

怖さもそのときによって様々ですし、いやだと思う気持ちの強さも様々だと思います。

注意しなければならないことは、その怖さも、嫌だという気持ちも、逃げてしまってはダメだということに尽きます。

 

逃げとは=楽をする

 

でもありますし

 

逃げ=先送りをする(けりをつけない)

 

ことでもあります。

 

 

何か別の要件でそれが万事解決するということもあるかと思うのですが、それは「内面」の解決にはなっておらず、表面のみの解決になるかと思います。

 

詰るところは「自分の心が、自分のメンタルがそれをどう受容し、活かしていくか」。

こう表現したらいいんじゃないかと思っています。

 

 

このような大投手でも、怖さを感じることがあった。

じゃあどうやって、あんな大記録を打ち立てることが出来たのか?

それはもう練習量だけの話では説明がつかないです。

小さなからだには、大きな大きな決意があったことを、この日はじめて知りました。

 

昔も今も、楽なほうへ逃げてしまう傾向は変わらずあります。

それを色んな理由で否定するひともいますが、実際にそれがどうだったのかは、後々になってわかることだと思います。

ぼく自身も、「あのとき楽することを選んでいなければ」と後悔することのないように、怖気づかない生きかたを選んでいきたいと感じました。