つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

現実的な人も、時には心情に訴える ~JR問題を考える~

今朝の北海道新聞朝刊の一面に載った文言は、「日高線 鵡川-様似 廃止へ」というものでした。

 

2015年1月に起きた高波被害で長期間運行が出来ていないJR日高線

現在はバスでの代替え運行で対応しておりましたが、この度沿線上の自治体による協議が決定し、完全なバス転換への舵を切ることになりました。

 

 

ただ記事を見ますと、「全自治体がバス転換に同意」とはいかなかったようで、しこりを残したままの決定となりました。市民団体による抗議活動もある中での決定でありましたが、動くことのない情勢に自治体側が折れたかたちになりました。

 

 昨日の日記にもつながりますが、大きな発言力を持っていたのが結局のところ「費用」になります。鉄路を維持運用する費用が最大の課題となりました。自治体側はずっと陳情を重ねてきたとありますが、陳情で動けるほどの体力はあったにせよ、持久力がJR北海道にはない、もしくは困難であると自社で判断されたため、ついにJRは鉄路維持に関する費用負担を自治体側に求める一手を打たねばならなくなりました。これは非常識にも見える展開なのですが、仕方のないことではないかと考えています。

 

 

インフラのほとんどは、現在民間企業によって運用されています。

公共企業ではないから、という時代では最早ありませんが、企業である以上、コストは常にある課題でありますし、運用と利益については追及すべきものです。利益が上がらない部門については、「整理」してゆくのが既に当たり前になっています。

 

だからと言って鉄道という重要な交通インフラを無くすのは正当な判断なのか?

これはこの日記で述べる前に数々のメディア等で特集が組まれ、問題提起がされてきました。それぞれの答えがあると思うのでここではいち個人としての意見を書きますが、鉄道を運営し、企業を維持していくことが大事であることから、JR側の判断は妥当だと言えます。理由はかんたんで、「費用対効果」が保証されないことが明確だからです。

 

ここで注意しなければならないのは、「インフラだからこそコスト度外視」はありえない、ということで、このコスト度外視をしてしまいますと、摂理に矛盾が生じます。そのコストを「他のところ」から持ってくる必要があり、結果として自分たちの首を絞めることにつながりかねません。ここに心情を挟むのはちょっと違う、ということになるのです。

 

しかしながら、心情に訴えるというのは凄く理解できます。

ですが存続を求める以上、存続させる責任を求めた側にも課すことが必須になります。

ただ声を上げた、結果存続が決まった、けど自分は特段何もしないでは、無責任なのです。

 

 

悔しいけど仕方ない。

今回は日高線で現実のものとなりました。

今後はまた、別の路線でこういった課題が出てきます。

その時にどのような考えを持つことができるのか。

かつて試される大地というスローガンを持った北海道ですが、いつだってわたしたちは試される側にいるのだということを痛感した出来事になりました。

 

 

 

 

今回の問題ですが、実は特別なことではありません。

 

わたしたちの生活においても、経済的な実情に対して心情を訴えるという場面はほんとうにたくさんあると思います。それを正しいこと、または正当な行為だとしている人もまた多いのも事実で、現実的なことと現実から少し離れたことに対する折り合いは長年経ってもまだ折り合いがつかない印象です。

 

この日本はかなり前から「経済による成長」を打ち出し、結果としてそれを国民は支持する格好となりました。いつの時代にも反対する勢力はありますが、肝心なのは反対の声「だけ」上げてはいまいか?ということに尽きます。どのような状況であれ、実現したい政策等はあるわけです。それは与党・野党問わず、実現させる方法は確実にあります。それをこれまで与野党はしてきたか?実現して欲しいことを、有権者は訴え続けてきたか?という確認が残ります。

 

批判は政治家じゃなくても出来ます。発信力は確かに政治家や企業人などのほうがありますが、ネガティブキャンペーンばかりやっていても何の実績にもなりません。

「この政権は信用できない。だから退陣しろ」

という言葉をよく耳にしますが、反面「わたしの政党が責任を以て政治にあたる」というセリフは10分の1程度しか聞こえてきません(これは編集によるものでしょうか)。

 

 

生活区域レベルにおいても、相手に求めるばかりで、それに対して自分はこうする、といった意見がない。もうお願いする時代は終わったのかもしれません。

 

 

 

 

 

わたしの住む道南・八雲町はJR函館線が通っています。

踏切で列車通過の踏切が下りている間、線路を通る列車は鈍行や特急、貨物列車などが通ります。必須な路線と考えていますが、実際JRを利用する機会はほぼないです。

車に高速バス等、値段と利便性を考えますと、他の手段があるのが実際です。

JRしかないというのであれば、このインフラを支えることが出来ると思います。

しかし、利用もせずに「残せ」というのは、横暴な話だと思うのです。

いつしか「ギブアンドテイク」が定着したのですから、相手に求めてばかりでは色よい返事はもう返ってこないのだと思います。

 

 

聞くところによりますと、北海道内の鉄路でいわゆるドル箱路線は札幌~新千歳空港間だということです。しかしその路線も昨年の冬はかなり天気に左右されました。そうなるとドル箱路線ですら、維持については難題を抱えます。そうなると大幅な計画変更も出てくるやもしれません。生活の足としてはまだまだ重要な位置を占めていますが、それが他の手段にとって代わる日も、そう遠くないことなのかもしれません。

 

 

 

交通手段・移動手段も多様化している今日。

JRは安泰という神話も最早崩れ去りました。

交通インフラでさえも、現在はどうやって生き残るかで頭がいっぱいです。

そこに生活者がどこまで協力・寄与できるか?

今後の企業の存続は、まさしくそこにかかっていると思います。