つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。このたび不定期更新に切り替えました。

まだ「育つ」。

日本農業新聞1月12日のワイド2 北海道(10面)にて、

大雪山自然学校 団体部門で優秀賞」との小さな見出しが載りました。

「森と人を育てるコンクール」というものが行われたようです。

 

 

大雪山自然学校の前身は、「NPO法人ねおす」という団体で、札幌や東川の他、いくつか拠点がありました。現在はそれぞれの拠点が独立した形で運営を行っています。ぼくは札幌在住時にNPO法人ねおすとのかかわりをもち、その後ボランティア等に参加してきた経験がありました。

 

 

柱を見定めていく

記事の中で荒井代表は「より良い利用で森林が良くなるように使い、環境を整えることが木育の重要な柱」とコメントしています。自然環境はその回復などを自然に任せる風潮や見解・認識がありますが、木育は「使う」ことで人にも森にもよい環境整備につながっていくということを語っています。東川のようなところでなくても、自然はそこかしこにあります。その場所を使っていくことで、その環境が良くなるとしたら、これほど効果的な整備方法はありませんね。

 

 

 

密かなあこがれ

荒井代表との接点、実はあるんです。

札幌在住時、札幌市の事業の一環で自然環境の研修に参加した際、その講師のひとりが荒井さんでした。その後も不定期ではありますがかかわりがあり(交流ほどではないですが)、東川にも足を運んでいます。

ぼくのようなひよっこからしてみれば、荒井さんは「スーパーマン」に見えます。

地道な活動を続けているようにも思えますが、ダイナミックな活動にも身を投じています。その「軽さ」が羨ましいのです。ぼくにとっては、自然体験活動の世界において、憧れの存在です。

 

そんな思いを抱きつつも、実際は仕事に忙殺されます。その影響で自然体験活動や木育との距離が出来てしまいました。仕方ないと思う反面、ここからでもつながることを意識しなくては、と考えています。どこかできっかけがあると思いますし、たとえ行動が出来なくても、何かを蓄えることはできるはずです。個人としては、別の切り口から木育を提供したいと考えているのですが、どうにもまとまりません。なので、急ぎ過ぎないように気を付けています。

 

 

北海道のアクティビティのひとつが、この自然体験活動です。

何もそれは観光時だけではなく、日常に隣接する非日常に、そして日常の延長線上に存在します。ささいな形でも構わないので、その世界に触れていくことこそが、これからの自然に対する学びを得るための必要な姿勢なのではないだろうかと、考えていました。