つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

因果の仕組みを知っておくこと

連休最終日。

 

 

 

かねてよりお世話になっています友人がおすすめするスープカレー屋さんでランチ。

 

カレーのスープは「オリジナル」と「野菜スープ」のいずれかを選ぶことができるという特色があります。またここのお店の謳い文句は「1日に必要な野菜がとれる」というもの。健康志向は大事なのですが、こういったカタチで美味しくいただくことができるのはやはりいいものですね。

 

美味しかったです。ごちそうさまでした。

 

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その後、札幌市中心部にほど近い場所にある複合施設「サッポロファクトリー」へ。

現在着用しているアウトドアグッズの補修をしたくてアイテムを探していたのですが、冬用のパンツなどを購入するなど脱線。結果としてはとてもいい買い物をすることができました。

 

 

その後小休止を兼ねて甘いものを購入すべくアトリウムへ移動する途中で、コスプレしている人たちをちらほら見かけました。アトリウムに着きますと、コスプレイヤーの多いこと。これはもうイベントレベルだなと思いました。

 

コスプレイベントは記憶している限りでは、札幌市の他には小樽市苫小牧市などでも行われています。好きなキャラクターに扮するという行為は、ひとつの「夢」を叶えているようで羨ましくも感じました。

 

しかし、コスプレの衣装を見ましても、どの作品のどのキャラクターなのかはさっぱり(笑)

かろうじてわかったのは2作品ほどでした。

 

 

 

活気ある会場を歩いていましたら、こんな声が耳に入ってきました。

 

 

「キ○ガイかよ」

 

 

このセリフは完全に他者を蔑み、見下している言葉です。

 

このセリフを放った人を見ましたところ、どこにでもいる普通の女性でした。

服装もこ綺麗にしているのにそういったことを口に出してしまうのは、大変申し訳ないのですが「性格が悪い」としか言いようがありません。そのときのシチュエーションからも、彼女の発言を擁護する材料は何一つ見当たりませんでした。

 

批判も蔑みも、いけないことはわかっています。

しかしそれはどこかで「建前」になっていて、他者に求めるときは品行方正の声を挙げますが、自分はそれを履行しません。なんだかそんなあべこべがまかり通っているような気がします。

 

仮に見下した発言をした彼女が自分の仕事において「見下された」「蔑まされた」としたら、その本人はどのように思うでしょうか?そして、自分が他者を見下したという記憶が甦るでしょうか?

 

責任転嫁をするか、自分の行いを反省して言動を改めるか。

こういった小さな出来事がきっかけとなって、大きな展開につながれば言うことはありません。

 

どこかで「~する」側はいつしか「~される」側にまわります。

物事には原因と結果が必ずあります。

そのことを強く感じた休日でした。