つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

むずかしいことはやらないの?

八雲町内でのはなしになるのですが、冬期間以外の毎月最終火曜日は「無水カレー」の日になっているようで、町内の一角にイベントスペースがあらわれます。

写真は無水カレーの「2色盛り」弁当。辛くはないですが、じんわりと身体が温まります。

 

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料理は特に思うのですが、作るのは「かんたんではない」と思います。

調味料とのバランスや食材の大きさなど、意外と考えることはあります。

そうして難しいことの繰り返しを行ってきたからこそ、現代では様々なレシピが生まれ、時短料理なども生まれていると言えます。

 

 

 

「かんたんじゃない。だからやるんだ。」

 

今週は「おかえりモネ」の劇中で使われたセリフを引用しています。

このセリフは、主人公の父親が、銀行勤めを辞めて漁師になるということを主人公の祖父に話したとき「かんたんじゃないんだよ」と言われて返した言葉です。

 

この世の中、かんたんなことは多いでしょうか?むずかしいことのほうが多いような気がしています。育てるのも育つのもかんたんではないし、仕事も勉強もかんたんなことではありません。「ちょちょいのちょい」でスムーズに事が運ぶ世の中には、当分なりそうにないです。

 

 

しかしこの世の中には一定数「楽して〇〇する」ことを目指し、実践し、宣伝するひとたちがいます。センスのある人などであれば、ごく少数ですがそういった生活を送ることが可能「かも」しれませんが、大半は難しいだろうと感じています。

 

ここで危惧してしますのは、「困難からの逃避」であること。

難しいことから逃げるのはその人の責任になるので構わないとは思うのですが、必ず詰まる局面が出るでしょう。その時にどうするのか、興味ではあります。

 

 

「かんたんじゃないことを経験してこそ」

 

さもかんたんにやってのけるようになるまでは、かなりの経験が必要です。

その経験が、立派な土台になります。

かんたんなことしかやってこなかった人にとっては、やっていることがかんたんではなくなったとき、恐らくいともかんたんに「捨てる」と思います。そして、次の「かんたんなこと」を始めるでしょう。それの繰り返しです。

 

世間のニーズに合わせてと言えば聞こえはいいのかもしれませんが、次々とやることを変えるというのは、そんなに印象がよいとは言えません。仕事であれば猶更。この世界は「どれだけ積み上げてきたか」を尊重する風潮がまだ濃く残っています。指先で得る収入よりかは、信ぴょう性に重みがあるのではと考えています。

 

 

 

「なんとかなる」

 

意外と、この世界はなんとかなっています。なんともならないこともありますが、自分の努力に比例して、事態はなんとかなるものと考えています。なので、これからも難しいことにチャレンジしてほしいと願いますし、自分もチャレンジしていこうと思います。

 

だってそのほうが、人生刺激的で、かつすごく面白いと思うのです。