つたわりとどけ。

日常と非日常のはざまから、伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。このたび不定期更新に切り替えました。

「起業」だけをトレンドにしない。

ドキュメンタリー番組を見ると、その題材に若者の起業を取り上げていることが多いです。パソコン(スマホ)とネットがあれば、誰でも仕事を創り出すことが出来る。今はそういう時代になっており、ほんとうにたくさんの人がいろんなアイデアを具現化しようと努力しています。

 

その努力すべてが実ればいいと思うのですが、どうしても「実らない」という結果を多く目にし、実って成功させるというケースはわずかに見えてしまいます。正直、新たな仕事の分野が生まれて展開されていたとしても、それにはたと気づく人はどれくらいいるのでしょうか。いいのか悪いのかは別にして、今まで誰もが入り込んだことがない分野に、仕事というのは進出しているようです。

 

 

そうして「未開地を開拓」する動きがある一方で、今ある産業を引き継ぐという動きは鈍いままです。ニュースで聴くのは、地方にある有名な(歴史ある)飲食店や会社などの後継者不足による廃業です。新たな仕事が生み出される一方で、昔からある仕事はどんどん葬られていく現実があります。

 

これらの事実を見て思いました。

「この世界は果たして発展しているのだろうか?それとも後退しているのではないか?」と。

 

 

昔からある仕事は、現代では無意味と勝手に結論付けられる場面も多いですが、単純に「知ろうとしない」だけの行為に思えます。なぜならそれらの仕事があったからこそ現代が成り立ち、若い人が起業しようと思い立ち、行動に移していくという歴史が刻まれているからです。現代化で昔からある仕事は変遷を遂げ、時には奪われるという局面を迎えたものもありますが、しぶとく残っている仕事もあります。今でも残っているのであれば、「これからも残り続けることが可能な仕事である」ということを、誰も考えたことはないのでしょうか?そこを考えず、または自分の思考とつなげないのは、いささか勿体ない気がします。

 

 

仕事はどうしても成功例だけが表に出てきてしまい、その裏に隠されている苦労は知るところのないものになっています。それが現代の「楽して稼ぐ」につながってしまっているのかもしれません。多くの人が現実を直視せず、自分の妄想だけで物事を進めようとするから、「楽して稼ぐ」という禁断の果実はずっと残り続けているのではと思います。

 

起業することは悪いことではありません。大事なのは、起業した後も社会に残り続けることです。それが出来なかったら、既にある仕事をどのように立て直すかというのを考えて行動することも立派な仕事になります。後継者になるというのも立派なことです。

 

都会でも地方でも、長年親しまれてきたものはたくさんあります。

それを引き継いで、技術を継承して、後世に残してつなげていくのも、起業と同じくらい面白いことではないかと、個人としては思います。