とみーのグラウンディング日記

北海道・札幌市在住。伝え、届けたいことを個人で探求し、実践します。

自分が決めていた線から踏み出したら、未知の領域へ自分を踏み入れたら、ごく自然に「変わる」音がしました。それは、新しい物語が始まったような感覚でした。

ちょっと前の話になりますが、先日こんなスケジュールをこなしていました。

 

 

1日目の日中:つどーむにてお手伝い(木育マイスターとして)

1日目の夜 :滝野すずらん丘陵公園内にてキャンプ

2日目の日中:一度帰宅し、デスクワーク

2日目の夜 :定山渓自然の村にてキャンプ

 

直行ではありませんでしたが、キャンプ場のはしごを行いました。

あとは、久々に木育(もくいく)マイスターとして人の前に出ました。

 

www.sapporo.coop

 

つどーむでの参加は「たべる・たいせつフェスティバル」というもので、コープさんの主催でした。開場1時間以上も前から並んでいるお客様がたくさんいらっしゃり、開始時間を早めるほどの盛況ぶり。担当したブースでは「カホン」と「マイはし」づくりのお手伝いをさせていただいたのですが、驚いたことに、どんどんお客さんが来る来る(汗)カホンもマイはしも作成方法をざっくり習っていたのですが、マイはしづくりが順次受付なのと、どうやら「カンナ」をかけるのが珍しい光景に見えたようで、ちびっこたちの視線を釘付けにしたようでした。結局概算ではありますが、ブースにはおよそ200名のお客様が何かしらの作成に携わるかアクティビティを楽しまれたようで、こちらもそのお手伝いをすることができてよかったと感じました。ただ、マイはしづくりに終始行列ができていたため、他のブースを一切見ることができず(笑)、お昼休憩をとるので精一杯。それでもたくさんの方々と会話を交わし、からだとこころを使うことができたのはとてもよい経験でした。

 

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 マイはしづくりの最後のほうの行程「やすりがけ」。

 

 

その後、向かったのは「滝野すずらん丘陵公園」。

 

前もってここで友人夫婦とキャンプをすることになっていたのですが、わたしが日中違う現場にいたため、テントの設営等はお願いすることになっていました。

 

キャンプ場に着いた時には陽も暮れはじめており、大急ぎで担当の「火おこし」を始めたのですが、以前購入していた炭の質が少々悪く、安定するまでに時間がかかってしまいました。それでも最後には安定した火力を発揮し、無事ご飯にもありつけ、疲労もたまっていたので早々に休むことになります。

 

Web:

国営滝野すずらん丘陵公園オフィシャルウェブサイト » オートリゾート滝野

 

実は火おこしは入念に練習した経緯があります。きっかけは既に解散してしまったNPO法人ねおすのボランティアに参加した際なのですが、火おこしに関する知識をつけるという課題を与えられていました。それがきっかけで火を起こすための効果的な方法などを独自に学び、こういった場所で実践しています。バーベキュー火おこしはもちろん、五右衛門風呂も炊いた経験があり、それなりに火のことを知ることができるようになってきました。そしてもちろん、火の怖さも。

 

そんなことを感じながら寝たのですが、この日の夜の滝野は「寒かった」

気温がどんどん下がり、8月末で気温が15度を下回るほどに。

翌朝起きて手洗いにいった帰りに見た電光掲示板には、10度を下回る気温が表示されていました。そりゃ寒いわ!

 

 

大急ぎで火おこしを行い、日が昇るまでの間の暖炉として使用。

モーニングコーヒーも淹れて、8月で暑い時期なのに暖かい飲み物でほっこりしました。

 

 

キャンプ場の設営を撤収したあとは公園内を散策。

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裸足で歩いたり、花を見に行ったり。アシリベツの滝にも行きました。

 

 

 

 

 

そんなこんなでゆっくりしたのちに、定山渓自然の村へ向かいます。

 

 

www.sj-naturevillage.jp

 

定山渓自然の村は豊平峡温泉へ行く道とほぼ一緒で、逆トの字の交差点を曲がらずに直進すればキャンプ場へ向かうことになります。滝野に宿泊した時は土曜日で、人もわんさかいたのですが、日曜日の利用客はほんとうに少なく、ゆったりと過ごすことができました。

 

 

 

驚いたのが、夜空。

 

みなさんは、普段夜空を見るでしょうか?

 

札幌市内でも、見える星はごく一部だと思います。

 

 

しかし!この定山渓自然の村で見た夜空は、まったく違いました。

この夜空が札幌でも見ることができるんだというくらいの、驚きです。

天の川も見えました。ずっと見上げているので首がすんごーく疲れましたが、ずっと見ていたい気持ちになりました。なんだか願いをかけちゃったりして(笑)

 

 

その後就寝となりましたが、昨日の滝野ほどの寒さではなかったのが救い。朝方警備の方が見回りに来ていたのでそのことを話してみると、定山渓も冷えたそう。連続じゃなくてよかったねーということで落ち着きました。

 

 

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 翌朝の空。

 

 

もちろん、ここでもモーニングコーヒーはいただきました。淹れたのはわたしですが(笑)

 

その後、ピザ釜をお借りして火を起こし、市販品でしたがカスタマイズトッピングを施したピザを焼いて朝食。ゆっくりしながらキャンプ場を後にしました。

 

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施設内にあるピザ窯。

 

 

体力的にキツいスケジュールとなりましたが、いろんな環境を短時間のうちに経験できたことはとても良いことでした。

 

キャンプは楽しいですが、普段やっていないことに違いはないので、正直疲れます。その代償とは言えませんが、そんなリスクを背負ってでも味わいたいものがあったりします。それは建物の外へ出て、野外活動を行うということ。生活が一気に原始的になります。無論道具は近代のものになってしまいますが、制限された環境の中でどう工夫して過ごしていくか、頭がフル回転して動きます。そのため、からだこころが余計に疲れてしまうのではと感じました。

 

また、自然が触れられるほど近くにあるというのが格別の条件です。普段は遠巻きに「観る」ことが多いかなと感じますが、野外活動になると一気にその距離感が縮まります。滝野では草むらを裸足で歩きましたし、滝を見学した時にマイナスイオンをたくさん浴びました。日差しも強く、さらに日焼けを進めてしまいましたが、これらの動作はすべて「抜く」「浄化する」「動かす」にふさわしい行動だったように思いました。

 

 

 

また、短時間で様々なことを実践し、肌身に感じていた途中に、ふと、じぶんの中で「なにか」が動き出す感覚がありました。それは動いているという「感覚」のようなもので「実感」ではないのですが、ふと、わたしやわたしを囲む世界が何だか変わったような感触を覚えたからです。これを説明するのはちょっと難しいのですが、自然に触れ、いのちを練る活動を行ってきた先の展開であったために、迷いはますますなくなった感じです。

 

 

 

 

 

 

 

わたしたちは、意識的にも無意識下でもどこかで「線」を引いています。

 

そして、その線を「踏み越える」ことなく判断を下したり、線の向こうにいる存在を非難したり、否定したりしています。

 

ではその線は、その人にとっての何なのでしょうか?

それは「常識」なのでしょうか。

それとも「プライド」なのでしょうか。

もしくは「ルール」だったりするかもしれません。

 

 

 

何かしらのアドバイスをする人は、こういった「線」に囚われない人がいいなと個人的には思っていますが、やはり人間ですから、相手に向けて話すときの「線」と、じぶんのための「線」が異なることが多くあるようです。

 

 

 こういった「線」は、あれば楽です。あまりいい言い方ではありませんが、人は「区別」や「差」をつけたがります。そのための基準を無意識に欲しがっています。それを明確にするための「線」なのですが、実はそれが「妨げている」ということに気がついている人は果たしてどれほどいるでしょうか。

 

「線」はいわば「枠」だと考えています。いくら成長を遂げようが、アセンションだ何だと騒いでいようが、それが「枠」の中であるならば「線」の内側であるならば、それはすべてとは言えません。結局は自己満足で終わってしまいます。たとえそれが「大いなるものからもたらされたこと」であっても。じぶんの殻の中に閉じこもっている限りは、その真意を知らないままになってしまうと、わたし自身の経験上から言うことができます。

 

神様だとか天使だとか、はてまた大いなる存在は、わたしたちの「想定内」や「想定外」といった「枠」を考慮しません。それを「理解」出来るのは、相応のことをしてきた人であり、また続けている人です。わたしがそこまで行きついているわけではありませんが、謙虚にそのことを「かたじけなく」感じることができるように、日々鍛錬を積んでいるのです。

 

  

 

 

わたしはこう見えても「不器用」です。

 

じぶんに課した決意や覚悟は、ひょっとしたら「ここまでしなくても」と思われるかもしれません。そんなことを考えながらも「線を越えて踏み出す」ことや「未知の領域へ踏み入れる」ためにはどうすればよいかというのを内に問いながら進めていった結果が「貫く」ということばでした。

 

 

 

未来は、白紙です。

 

よく、未来がわかるというセッションがありますが、わたしは怖くて受けません(笑)

個人的感想で恐縮ですが、未来がわかると面白くなくなるから。

いや、昔であれば教えて欲しかったですが(笑)

 

 

 

 

 

未来がわからないのはなぜでしょうか。

 

 

 

 

 

それは

 

先が見えないからこそ

 

情熱が持てる

 

最も美しい瞬間がある

 

 

からだと、わたしは思っています。

 

 

未来は決まっていません。

 

これから創るものです。

 

 

 

 

 

もう少し言葉を加えると

 

 

 

「未来はいかようにも創れる」

 

だから絶望する必要もない。

線を越えないことにこだわる必要もない。

常識にすがりつく必要はないのです。

 

 

 

だって、今の常識の中には、昔の非常識も入っていたはず。

そればかりを気にしていたら、大切なことを見落としてしまうから。

 

 

 

 

昨日の日記で、対面セッションのメニューを公開させていただきました。

先立って、メール等でのやりとり専用ですが、オラクルカードセッションと、対面とメール等のコミュニケーションを図っていくガラクタ整理のセッションを公開しています。

 

 

いささか欲張りな展開かもしれないなと思ったのですが、それは何故だろうと考えました。

 

 

 

今読んでいる小説のセリフから教えてもらいました。

 

 

 

 

それは

「近くの人も、遠くの人も、大事にしたいから。それがたとえ、届かない人でも」

という、貫くと決めたわたしにピッタリな、ストレートな想いが出ていました。

 

 

 

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maruyamabase.hatenablog.jp

 

 

 

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maruyamabase.hatenablog.jp

 

 

 

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