令和3年6月の読書感想文⑤ あなたのご希望の条件は 瀧羽麻子(たきわあさこ):著 祥伝社
転職エージェント、というのは今どきの職業で、自分も何度もお世話になった経験があります。派遣社員として登録した際も、契約社員や正社員としての就職先を探す際も、この方たちの存在なくしては生活が成り立ちませんでした。
帯には人生応援小説とあったので、つい垣根涼介さんの「君たちに明日はない」シリーズを思い出してしまいました。あの作品はドラマにもなりましたし、いい表現をされたなと思っています。
あなたのご希望の条件は 瀧羽麻子(たきわあさこ):著 祥伝社 八雲町立図書館蔵
物語は一月~十二月という流れで進んでいき、主人公(転職エージェント)とその相談者(転職希望者)とのやりとりや、同僚との関係や自身の事情などが課題のように出てきます。特徴として感じたのは、勤務する会社のシステムにAIを導入していること。これは画期的だと思いつつも、人間の思考や感情という真逆のもの、アナログなものも随所に際立っています。この場合、AIは情報収集や適性判断といったサポートをするのみと感じましたが、この先は果たしてどうなることでしょうか。
月を重ねるごとに主人公の経歴が明かされ、まるで主人公も相談者のひとりなのでは、と思わせる場面が出てきます。彼女はやり手のエージェントに見えているのですが、その背景には深い挫折や失敗があったように思います。もちろん誰もそのような経験はしたくないと願い生きているはずなのですが、なかなかそうはいかないようです。
では挫折や失敗をしたからと言って、それではい、終了~となるのか?
それは大きな間違いです。
この物語は、転職という行動にいろんな思いを含ませています。
その中にはもちろん挫折や失敗もあります。
しかし誰もが、次は、次こそはと、エージェントを頼ります。
そこで親身になって話を聞き、適正含め時には厳しいアドバイスをする。
その人のためにと思ってやってきた仕事は、挫折や失敗を成功への種にしています。
自分のこともままならない、そんなジレンマを抱えながらでも、誰かに指標を指し示すことが出来るのは、純粋にすごいことだと思います。順風満帆にも見えるし、そう見えないかもしれません。不労所得を目指す人から見れば、茶番なのかもしれません。ですが苦労をしないで稼ぐ人には絶対わからないものが、この物語には込められている気がするのです。これほど熱い物語はないと思います。
少々ネタバレになりますが、物語の終盤では主人公自身が他社からのスカウトを受けます。その前後に、過去の相談者(無事に転職が叶った人)に問題が発生します。何がきっかけで物事がどう進むかは誰にもわかりません。悩みながらもひとつひとつの仕事にしっかり取り組んだ先の展開は、読んでいる側の心拍数を上げました。
物語の最後は、主人公を救う言葉が出てきます。
そして、大事なことを悟った主人公が放つ言葉をどうか全身全霊で受け止めてください。
これからの、残りの人生で、このような経験を得ることの出来る仕事をしたい。
または、そのような人生を歩みたいと思わせてくれた、素敵な作品でした。